なんとイカにも愛妻家がいた メスの産卵場所を探す

日経ナショナル ジオグラフィック社

2021/10/8
ナショナルジオグラフィック日本版

インドネシア、レンベ海峡に浮かぶ浮標(ブイ)の付近に産み付けた卵を守るアオリイカのつがい(PHOTOGRAPH BY RYAN ROSSOTTO, NAT GEO IMAGE COLLECTION)

世界各地のサンゴ礁に生息しているアオリイカに、父親としての養育行動の証拠が初めて見つかった。イカは一般に子煩悩な親ではないと考えられており、特にオスは、交尾をした後すぐにどこかへ行ってしまう傾向にある。だからこそ、今回の発見は科学者たちに驚きをもって受け止められている。

アオリイカのオスはメスをめぐって激しく争う。メスと交尾(交接)を終えたオスは通常、近くに留まって、他のオスがそのメスと交わるのを防ごうとする。メスは受精卵を産む準備が整うと、サンゴの隙間を探して何度も産卵する。オスは、メスが産卵を終えた後もしばらくはメスを守り続け、その後、おそらくは他のメスを探すために去っていく。

ところが生物学者のエドゥアルド・サンパイオ氏は、エジプトの紅海でダイビングをしている最中、奇妙なことに気がついた。メスとつがいになったオスは、ライバルたちを追い払うためにしばらく触腕を振ったり、皮膚の色を変えたりしていたが、その後、メスのそばを少しの間離れて、産卵にちょうどよさそうな隙間へ入っていき、数秒後にまた姿を現した。

「オスのイカが何をしているのかはよくわかりませんでした。あんな光景を見たのは初めてでしたから」とポルトガル、リスボン大学の博士課程の学生で、ドイツのマックス・プランク動物行動研究所にも所属するサンパイオ氏は振り返る。

この話をサンパイオ氏から聞いた、ニューヨークにある米自然史博物館で生物多様性を研究するサマンサ・チェン氏もまた、アオリイカのオスが同様の行動をしている様子を2013年にインドネシアで撮影していた。ところが、イカやタコなどの頭足類に関する科学的文献には、そうした行動はまったく記載されていなかった。

21年9月3日付で学術誌「Ecology」に発表された論文で、サンパイオ氏とチェン氏はこの行動を詳述し、これは父親による養育行動(パターナル・ケア)の一例であるという仮説を提唱した。こうした行動は、これまでイカでは観察されていなかったものだ。

メスが卵を産む前にオスが巣の候補地を調べるという行動は、一夫一婦制の生物ではよく見られるパターナル・ケアの例だが、頭足類では極めて珍しい。

両氏は、この現象をまだ完全に理解したわけではないとしているが、今回の発見はイカの繁殖についての理解を大きく変える可能性がある。これはイカのメスとオスの関係が「これまで考えられていたよりも何倍も複雑であることを示しています」とサンパイオ氏は言う。「私たちにはまだ学ぶべきことがたくさんあります」

自分の遺伝子を残すために

両氏は、チェン氏がインドネシアで撮影した動画と、サンパイオ氏がエジプトで撮影したものを比較し、産卵場所を探す行動は偶発的ではなく、意図的なものであると結論づけた。また、オスがメスのそばを離れている間に、別のオスがこっそりやってきて交尾をしてしまう場合があったことも指摘している。

しかしなぜオスはパートナーのそばを離れるのだろうか。短い間ではあっても、メスをひとりにすれば他のオスに交尾をするチャンスを与えることになる。メスのそばを離れれば自分の繁殖の成功が脅かされることになるのだから、それなりの理由があるはずだと両氏は考えた。

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イカ研究の今後