花粉症にヨーグルトは良いのか 腸と免疫、本当の話
ストレス解消のルール
春の足音が近づいてくると、「新生活」「桜」に加えて気になるのは「花粉症」ではないだろうか。終始鼻や目に不快感をもたらす花粉症がこの時期のストレスになっている向きも少なくないだろう。かくゆう私・健康ジャーナリスト結城未来も、春の足音が近づくにつれて鼻がムズムズしてティッシュが手放せない。集中力も格段に落ちて仕事の効率も悪い。
そういえば、花粉症対策としてここ数年「花粉症にはヨーグルトが良い」という情報がまことしやかにささやかれている。しかし、果たして普段食べている食べ物で、この辛い花粉症から解放されるのだろうか? 国立研究開発法人 医薬基盤・健康・栄養研究所ワクチン・アジュバント研究センターの國澤純センター長に、この情報が出てきた理由と「花粉症対策」にどう生かすかについて解説していただこう。
◇ ◇ ◇
――國澤センター長「『花粉症対策にヨーグルト』というのは、ある意味合っているとも間違っているとも言えます」
いきなりナゾめいた返答だ。『ヨーグルトが良い』と信じて、ひたすら食べている人も少なくないだろう。
――國澤センター長「そもそも花粉症は、免疫のバランスが乱れ、花粉に対して異常に反応してしまうことで起こります。『花粉症対策にヨーグルト』と言われ出したきっかけは、『免疫バランスの偏りを乳酸菌が改善できる』という研究結果から言われるようになったのだと思います」
「免疫」は、体内に侵入した細菌やウイルスなどの異物を攻撃して自分の身を守る「防御システム」だ。この防御システムが異常をきたすことでさまざまな疾患を引き起こすようだ。
――國澤センター長「体の中では、常に免疫細胞がパトロールをして有害物の排除に働いています。実はこの免疫細胞の半分以上が腸に存在しています。いわば、腸は『体内における最大の免疫臓器』なのです」
体のパトロール隊が腸に集中するのはどうしてだろうか?
――國澤センター長「腸が体外と最もたくさんのやりとりをする器官だからです。もちろん、体の皮膚表面や呼吸器も外とつながっていますが、特に腸などの消化器には飲食を介してさまざまな物が入ってきます。そのため、ウイルスや細菌などの悪いものが侵入してくるリスクも高く、それらを防ぐために、パトロール隊である免疫細胞が特に警戒している場所なのだと考えられます。また、腸で吸収される栄養素や食品成分は、免疫のコントロールにも関わっています」
腸は常に外敵の脅威にさらされているからこそ、免疫細胞が集中しているようだ。
腸内環境が悪化するとアレルギーの引き金に?
体全体にはどう影響するのだろうか?
――國澤センター長「免疫細胞は腸の中で学んだことを生かしてパトロールの範囲を体全体へ広げていきます。そうすることで、体中の免疫バランスを整えているのです」
腸は体内のパトロール隊の拠点として全身に影響を与えているといったところか。ならば、腸の状態は極めて重要と言えそうだ。
――國澤センター長「そうです。腸内環境を整えることが、体全体の免疫バランスを整えるための有効な方法のひとつだと言えます。
体のさまざまな状態との関連も言われていますが、特に最近では、腸の状態が脳機能にまで影響を与えるという『脳腸相関』が注目されており、そこでも免疫が関わっているようです」
花粉症とはどうつながってくるのだろうか。
――國澤センター長「本来なら、免疫はウイルスなどの有害物を排除しつつ、体に必要な食べ物の成分や日常的に触れることの多い花粉などには過剰に反応しないようにしてバランスを保っています。
ところが、このバランスが崩れ、普段だと反応しないものに反応するようになることでアレルギーを引き起こしてしまうのです。いわば『免疫の誤作動』ですね。つまり花粉症は、免疫細胞が花粉に対して過剰に反応するようになった状態です」
以前は花粉症ではなかったのに、急に花粉症になって苦しむことも少なくない。
かくいう私も子供の頃は花粉症がなかったのに、数年前から発症してしまった。いきなり花粉症になるのはどうしてだろうか?
――國澤センター長「食事の影響や周りの環境がきれいになりすぎたなど、さまざまな原因があると言われています。原因は人それぞれだと思いますが、体内の免疫バランスが徐々に乱れ、免疫機能がコントロールできないレベルにまでなるとアレルギー体質になり、花粉症などの症状として現れてきます」
「花粉症になった」ということは、「アレルギー体質に傾いた」ひとつのサインということだろうか?
――國澤センター長「そう考えて良いと思います。花粉症になるということは、別のアレルギーになる可能性も高いということ。たとえば赤ちゃんではアトピー性皮膚炎と食物アレルギーの両方がある子が多い。花粉症の場合も1種類の花粉だけではなく、複数の花粉に対するアレルギーを持っている人が少なくありません。
つまり、特定の花粉症だけの改善を考えるよりも、アレルギー体質そのものを改善することが大切なのです」
ヨーグルトや乳酸飲料が誰にでも良いというわけではない
アレルギー体質にはどうしてなるのだろうか?
――國澤センター長「先ほど少し説明したように、食事や周辺環境などさまざまな原因があると言われていますが、最近注目されているのが『腸内細菌』です。腸内には細菌が100兆個もあると言われていて、善玉菌や悪玉菌、その時々の優位な菌に従う日和見菌が存在しています。食生活や生活習慣の乱れなどで悪玉菌が優位になると腸内環境が悪化。アレルギーやさまざまな病気の引き金となります」
腸内環境を整えることが、アレルギー体質の改善や免疫機能の正常化の近道のようだ。
――國澤センター長「この腸内環境を整える、つまり『整腸』という観点から、ヨーグルトなどに使用される乳酸菌に注目が集まったのです。
ただし、ヨーグルトや乳酸飲料が誰にでも良いというわけではありませんので、注意が必要です」
私事で恐縮だが、私は体調によってはヨーグルトを食べるとおなかを壊す。少々気持ちが悪くなることもあるので、購入後冷蔵庫に入れっぱなしで賞味期限が切れることも少なくない。ヨーグルトが体に合わないのだろうか?
――國澤センター長「ヨーグルトそのものというよりも、そのときに食べた乳酸菌が体調に合わなかったのだと思います。それぞれの人の腸内細菌との相性がありますから、見極めが大切です」
「ヨーグルトが良さそうだ」と、むやみに食べるのは良くないのだという。では、自分の腸内細菌に合う菌を見つけるにはどうすれば良いのだろう?
――國澤センター長「まずは結城さんが感じているように、『おなかを壊す』ということは、その乳酸菌が自分の腸内細菌と相性が悪いということです。逆に快腸なら、相性が良いという一つの目安になると思います。2、3週間様子を見てご判断いただきたいですね」
毎日食べる必要があるのだろうか?
――國澤センター長「一般的に、飲食を介して体内に入る乳酸菌は、体内に定着しないと言われています。
もともと人間は生まれたときから体内にさまざまな腸内細菌を持っていて、菌同士が協力をしながら一つの社会を作っています。食べ物としてとる乳酸菌は、いわば『新参者』ですので、もとからある古参の腸内細菌に受け入れられないことがほとんどです」
では、一生懸命にヨーグルトを食べても意味がないということだろうか?
――國澤センター長「そんなことはありませんよ。食べ物に含まれる乳酸菌やビフィズス菌は、体内を通過するときには作用する『通過菌』と言われ、おなかにいる時には良い働きをしてくれます」
「通過するだけ」では役にたたないのでは?
――國澤センター長「ちゃんと役に立っていますので、ご心配なく。腸の環境が悪化して悪玉菌が優勢になると、古参の腸内細菌だけでは対応できなくなります。そんな時に、食物からとる乳酸菌などが一時的にでも悪玉菌駆除に貢献するのです。ただ、あくまで『通過菌』なので、頻繁にとる必要があります」
「通過菌ならでは」の良さもあるのだろうか。
――國澤センター長「これまでの研究から、一言で『乳酸菌』と言っても、それぞれ特徴的な性質があることが分かっています。例えば、『免疫を高める菌』や『腸で免疫の暴走を抑える菌』もいます。さらに最近では、『内臓脂肪を減らす菌』も見つかっています。自分が欲しいタイプの乳酸菌を選ぶことができるのは、一つのメリットだと思います」
そもそも、胃酸は強力だ。胃を通過した乳酸菌は腸まで無事に届くのだろうか。
――國澤センター長「乳酸菌が出す乳酸も『酸』ですので、乳酸菌は酸性の環境には比較的強いと考えられます。ただ、空腹時は特に胃酸が濃く、胃は強い酸性環境になっています。食後の方が胃酸が薄まりますので、乳酸菌が生きた状態で腸まで届きやすいと思います」
食べるタイミングにも注意が必要なのだ。
さまざまな腸内細菌を働かせるためにバランスの良い食事を
――國澤センター長「ただ、花粉症対策としてヨーグルトばかり食べていても、意味がないですよ」
「ヨーグルトを食べ続けていて、花粉症がやわらいだ気がする」という声も聞いたことがあるのだが…。
――國澤センター長「もちろん、乳酸菌によって免疫バランスが整うことはありますが、いくら自分にあったヨーグルトを食べ続けていても、偏った食事ではその効果を十分に発揮することはできません。特に、菌は単独ではなく分業制。菌によって役割が違いますので、さまざまな種類の腸内細菌が必要です。菌の種類によって好みの食べ物も変わりますので、バランスの良い食事が大切なのです。
また、『免疫』にとっては『栄養の欠乏』が分かりやすいリスク。例えばビタミンB1という1種類の栄養素が不足するだけで、免疫細胞の量がガクッと減り、ワクチンの効果も減るという動物実験データもあります」
いくら整腸作用があるからといって、ヨーグルトばかり食べていては意味がないようだ。
――國澤センター長「乳酸菌ひとつとっても、ヨーグルトだけではなく味噌汁や漬物などにも含まれます。その他にも納豆菌など発酵食品に使われる菌に、さまざまな特徴があることが分かってきていて、今後さらなる機能の解明が期待されています。
私たちの最近の研究でも、乳酸菌や納豆菌が青魚やアマニ油・エゴマ油などに含まれる『オメガ3脂肪酸』を使ってアレルギーを抑制する物質を作ることを発見しています。これまでは、『腸内細菌だけ』もしくは『食品だけ』を気にしていた方がほとんどだと思いますが、これからは『腸内細菌と食品の組み合わせ』を意識することが重要になりそうです」
「花粉症には〇〇を食べると良い」とちまたではよく言われるが、腸内細菌の働き方は十人十色。同じものを食べても、全員が同じ効果が出てくるというわけではないのだという。自分の腸に合ったものを見つけたら、まずは偏った食べ方を避けて、バランスの良い食事と共に続けることが花粉症対策の近道と言えそうだ。
腸の健康を見直すことは、花粉症などのアレルギー症状の改善だけではなく、さまざまな疾患予防につながることもわかってきた。現代人がおちいりがちな落とし穴もある。詳細はまた次回。
ルール1 すべての人にヨーグルトが良いとは限らない。自分に合った乳酸菌を見つけるべし
ルール2 便は自分に合う乳酸菌かどうかを見極める道しるべ。調子が良さそうなら、2~3週間は続けてチェックすべし
ルール3 菌は分業制で働くので、腸の機能を高めるにはさまざまな種類の腸内細菌が必要。バランスの良い食事を心がけるべし
(図版 増田真一)
医薬基盤・健康・栄養研究所 ワクチン・アジュバント研究センター センター長。1996年大阪大学薬学部卒業。2001年薬学博士(大阪大学)。米国カリフォルニア大学バークレー校への留学後、04年東京大学医科学研究所助手。同研究所助教、講師、准教授を経て、13年より医薬基盤研究所プロジェクトリーダー。19年より現職。一般向け書籍に『善玉酵素で腸内革命』(主婦と生活社)がある。
エッセイスト・フリーアナウンサー。テレビ番組の司会やリポーターとして活躍。一方でインテリアコーディネーター、照明コンサルタント、色彩コーディネーターなどの資格を生かし、灯りナビゲーター、健康ジャーナリストとして講演会や執筆活動も実施している。農林水産省水産政策審議会特別委員でもある。
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