日経ナショナル ジオグラフィック社

2022/3/18

有名なそり滑りコース

17分間の列車の旅は、ユネスコの世界遺産に登録されているレーティッシュ鉄道の1区間に当たる。歴史あるアルプス越えの鉄道レーティッシュは、肝が冷えるような山道や驚異的な高さの橋で知られている。列車からは、じきに自分が滑ることになるスイスで最も有名なそりコース「プレーダ=ベルギューン・シュリッテルバーン」も垣間見える。暖かい季節には峠を越える車が走っているルートだが、冬には通行止めとなる。

スイス・アルプスの絶景の中をゆくレーティッシュ鉄道(PHOTOGRAPH BY ROBERTO MOIOLA, SYSAWORLD/GETTY IMAGES)

プレーダに到着した私は、「ローデル」と呼ばれる木製のそりをレンタルする。ローデルには、弾力性のある座席と、その両側に可動式の2本のランナーがついている。ランナーの下部は鉄製で、スピードが出やすくなっている。

「馬に乗るようなものです」。店員はそう言いながら、そりに腰掛けた私の手に手綱がわりのロープを握らせる。「右に行きたいときには、右側を引いてください」。さらに店員は、足をこんな風に前に出しておくと、ブレーキがうまくかけられると教えてくれる。

ベテランのそり乗りたちは、足をランナーの前方に固定し、体重を利用しながら、ロープをそっと引いて方向を変える。私はまずは「軽く」滑ってみようと出発し、いつでもブレーキをかけられるように、ブーツをそりの両脇の雪に軽く触れさせながら滑る。いつの間にか、そりは時速50キロで走っていた。

子供を乗せたそりを引くベルギューンのカップル(PHOTOGRAPH BY TERRY WARD)

終着点のベルギューンでは、尖塔(せんとう)のある15世紀の教会と、地元の人たちが食料品(と子供たち)をそりで引く姿が見られる。そして、2人がけのリフトに乗れば、より難易度の高いコース「ダルックス=ベルギューン」の頂上にたどり着く。

ダルックス=ベルギューンは、「SwitzerlandMobility」では「中程度」に分類されている。しかし、凍りついたコースのせいで難易度が上がっているようで、私のそりは急カーブで待避エリアに突入してしまう。

そりには危険がないわけではない。ほかのそりとぶつかることもあれば、スピードが出てコントロールが効かなくなることもある。ベルギューンなどにあるレンタルショップでは、転倒したらコースの端に寄ること、ほかのそりとペースを合わせること、ヘルメットをかぶることなどの基本を初心者に教えてくれる。

「リフトで登っていくと、下の方から絶叫する声が聞こえてくるのです」と、ニコラス・ホートン氏が言う。この街で私が宿を取ったアールヌーボー様式を見事に復元したホテル、クアハウス・ベルギューンのダイニングで出会った英国人アーティストだ。「恐ろしさとワクワクした気持ちが同時に湧き上がってきます」

69歳のホートン氏は、1990年に初めてベルギューン(人口約500人)にやってきてこの街の虜(とりこ)になり、それ以来、毎冬ここを訪れている。「そり滑りに夢中になったのです。最初の数年が最高で、同時に最悪でもありました。そりをしっかりコントロールできなかったのです。じきにブレーキのかけ方を覚えました」

ホートン氏と連れ立って、プレーダ=ベルギューンに夜のそり滑りに出かける。私のブレーキの腕前はまだ発展途上だ。暗闇に包まれたコースは幻想的で、ライトアップされた陸橋の石造りのアーチを通り過ぎ、きらめく星々の下を滑っていく。

次のページ
ダボスでそりの歴史に出合う