空の旅は変わるのか 脱炭素目指す航空技術の最前線
旅客機は環境負荷を減らすことができるのか――。ナショナル ジオグラフィック10月号では、二酸化炭素(CO2)を排出しないゼロエミッションを可能にする旅客機について考察する。
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地上で炭素削減に貢献する技術はいろいろあるが、数百人を乗せて成層圏まで上昇し、何千キロも移動する際には、現時点ではまったく役に立たない。しかも一度も飛行機に乗ったことがない人の割合は世界の全人口の8割を超える。
航空会社や航空機メーカーが空の旅の脱炭素化に取り組むときに直面する問題のなかで、これは最も重要なポイントとなる。航空機による環境負荷を減らすことは可能だが、地上の輸送手段のように、短期間で一気に変革することはできない。だが航空業界のイメージと収益の確保のためには、対応は待ったなしだ。航空機は気候変動を引き起こす要因として、環境保護論者から目の敵にされている。成果を出すのに時間がかかれば、空の旅をすること自体が倫理にそむくことになるのではないかと、利用者が二の足を踏むことも考えられる。
「絶対にやり遂げなくてはなりません」。そう言うのは、米国に拠点を置くバイオ技術会社ランザテックで最高経営責任者(CEO)を務めるジェニファー・ホルムグレンだ。同社は廃棄物などを原料に、従来のジェット燃料に代わる航空燃料をつくり出そうと、開発を進めている。「このまま化石燃料で飛行機を飛ばすわけにはいかない。その点は誰も異論はありません。ただ解決の決め手がないんです」とホルムグレンは語る。
確かに、航続距離と時間を制限した分野では、ゼロエミッションのバッテリー電源を使った電気エンジンは、すでに実現しつつある。そうした電動航空機をいち早く導入するのは、小型機で短距離輸送を行う航空会社になるだろう。
けれども、巨大なボーイング747型機を米国ニューヨークから英国ロンドンまで飛ばせるだけのバッテリーはない。交通工学の専門家団体「SAEインターナショナル」で航空宇宙関連の標準規格を担当するデビッド・アレグザンダーの試算では、ジャンボジェット機を浮上させるのに必要な電気は、ノートパソコンのバッテリー440万個分。重さは機体の7倍にもなるため、バッテリーを積んだジャンボジェットは地面から1ミリも浮くことはできないという。最も高性能のバッテリーでも、重さに対するエネルギー量は従来の液体燃料に遠く及ばない。
航空業界の名誉のために言っておくが、ジェット機が登場してからは、旅客機による環境負荷は年々小さくなっている。最新世代のジェット旅客機は、かつてのものに比べて燃料効率は2倍で、排ガスは数倍きれいになっている。ただこうした改善も、航空輸送量の増大に打ち消されるのが現実だ。平均すると、航空機から排出される炭素が気候変動に関与する量は、減るどころか増えているのだ。
ここで冒頭の「8割超」という数字、すなわち飛行機に乗ったことがない人々の割合が登場する。これは米国の航空機メーカー、ボーイングがはじき出したもので、航空業界でよく引用される数字だ。業界からすれば未開拓の市場であり、コロナ禍が終息すれば、航空輸送量は以前のように年に5%程度の成長が再開すると期待を寄せている。料金が手ごろになれば、全人口の8割超という非常に多くの人々が、空の旅によって、少し前には想像もできなかった発見やつながりを得られるようになるのだ。
だが、飛行機での移動は、どうしても地球温暖化につながる。人間活動由来によるCO2排出量のなかで、旅客機が関与するものは2.5%程度だが、ほかの汚染物質や飛行機雲の温暖化効果、排出物質が大気中にとどまって起こす複雑な化学反応も合わせると、実際の影響はそれよりかなり大きい。空の旅が地球温暖化に与える影響は、全体の最大5%も占めるとする専門家もいる。
陸上輸送をはじめ、建設など他分野のエネルギー効率が大幅に改善されているなか、乗客数や便数が増えていることを考えると、この割合は今後さらに大きくなると思われる。こうした状況は、飛行機を使わない、少なくとも乗る頻度を減らす方向へ人々を向かわせる。この動きはヨーロッパで「フリュグスカム運動」と呼ばれ、世界中に知られるようになった。「フリュグスカム」とはスウェーデン語で「飛ぶのは恥」という意味だ。10代の環境保護活動家グレタ・トゥンベリさんらが実践しているが、これは彼女たちにとって、シンプルだが説得力のある運動なのだ。
画期的な燃料の登場
環境負荷の軽減につながる方法はいくつか考案されているが、最も早く実用化にこぎ着けるのはランザテックかもしれない。同社は中国の製鉄所から排出される、炭素をたっぷり含んだガスを燃料に変える技術を開発した。回収したガスにウサギの体内で発見された分解力の強い微生物を混ぜ、さらに水と栄養物を加えて発酵させるとエタノールが発生するという。
こうした燃料は総じて「持続可能な航空燃料」、あるいはその英語の頭文字から「SAF」と呼ばれるようになった。2018年、英国の航空会社バージン・アトランティックのボーイング747型機は、ランザテック製のSAFと米国の標準的なジェット燃料を混合したもので、米フロリダ州オーランドから英ロンドンまでの飛行に成功した。
SAFはまだ従来型の燃料に混ぜる形で使われているものの、温暖化ガスの排出を削減する最初の大きな一歩とされている。その理由は明快だ。航空機の寿命は20年から30年なので、現役の数千機はまだまだ空を飛び続ける。その動力源となるのは、こうした液体の航空燃料だからだ。
既存のジェット旅客機も、エンジンを最新式のものに交換したり、「ウィングレット」や「シャークレット」などと呼ばれる小翼を翼の端に取り付けたりすることで、燃費が向上する。それでもクリーンな飛行を実現する最も効率的な手段は、やはり燃料を替えることだ。
SAFは生産から消費されるまでの全段階で、炭素の排出削減に貢献する。原料はサトウキビの茎などの農業副産物だったり、産業廃棄物や埋め立て地のごみだったりするが、いずれにしても、早い段階で炭素を隔離または消費するため、化石燃料よりも炭素排出量がはるかに低くなるのだ。
しかし、課題はある。まずは価格が灯油系のジェット燃料の2~6倍もすることだ。以前より多くの旅客機がSAFを採用しているが、19年に航空業界全体が消費した3600億リットルの燃料の0.1%にも満たない。次に、原料としては農作物が最も調達が容易で安価だが、それを当てにはできない点だ。食料生産に必要な土地と水を奪ってしまったら、環境破壊とは別の反感を買うことになるからだ。
そこで、航空業界はほかの原料に目を向けている。ランザテックが使うような廃棄物や、海水で育てられる塩生植物などだ。
(文 サム・ハウ・バーホベック、写真 ダビデ・モンテレオーネ、日経ナショナル ジオグラフィック社)
[ナショナル ジオグラフィック 2021年10月号の記事を再構成]
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