食の通販「文春マルシェ」が好調 シニア狙いが的中
2020年10月にスタートした文藝春秋の食の通販サイト「文春マルシェ」が好調だ。スタートして1年足らずの21年9月17日には早くも累計売り上げが1億円を突破。1件当たりの注文単価と注文個数も21年3月以降増えており、一度利用した人が商品に信頼を寄せ、リピーターになっていることがうかがえるという。特筆すべきは購入者の約半数が60代以上のシニアであること。激戦のお取り寄せサイトで、なぜ後発の「文春マルシェ」がシニアの心をつかめたのか。
購入者の4分の3が50代以上、約半数が60代以上
「文春マルシェ」は、文藝春秋が運営しているお取り寄せサイト。現在は約360商品を扱っており、ここでしか買えない「文春マルシェ限定商品」も多い。サイトには商品紹介のほかに、著名人によるエッセー「美味随筆」、「バイヤーイチオシの逸品!」「スタッフおすすめの推しグルメ」といった取材の成果を反映したコラムなど、読み物のコーナーも充実している。
出版社が運営しているお取り寄せサイトはいくつかあり、世界文化社が発行する雑誌「家庭画報」の公式通販サイト「家庭画報ショッピングサロン」、ハースト婦人画報社が運営する「婦人画報のお取り寄せ」、プレジデント社が運営する料理専門誌「dancyu」の公式通販グルメサイト「dancyu.com」など、すでに固定ファンを多く持つ人気サイトが多い。
こうしたお取り寄せサイトの中でも異彩を放っているのが、文春マルシェの購入者属性だ。
購入者の分布を見ると、年齢層は50代~60代以上が約半分を占めている。また約4分の1を占めている「指定なし」は年齢データのない電話注文で、ほとんどがPCやスマートフォンを持たない60代以降とみられている。ということは、全体の4分の3が50代以上、半分以上が60代以上ということになる。なぜ60代以上が多く購入しているのか。理由はその商品選定にあった。
商品セレクトの基準(1) シニア向けであること
文春マルシェが商品選びの基本となるポリシーとして掲げているのが「取材して試食してセレクトする」こと。そのほかに大きく2つのセレクト基準を持っている。1つは、シニア向けであること。
「文春マルシェ」で商品をセレクトしているのは基本的にチーフプロデューサーの柏原光太郎氏と、バイヤーの猪口由美氏の2人。猪口氏は20年以上前からシニアを中心にした食品サイト「セコムの食」でバイヤーをしてきた先駆け的存在。シニアがおいしいと感じるもの、シニアが安心して買えるものを熟知してセレクトしているという。
この「シニアが好む食品」「シニアが安心して食べられる食品」というセレクト基準を端的に表しているのが、「文春マルシェ」の総合ランキングで不動の第1位を記録し続けている「つきじ治作 水たきセット」だ。
これは90年以上築地で営業を続け、政財界の大物にも愛され続けている老舗料亭「つきじ治作」で、ベテランの"水たき番"しか作ることができない一子相伝の料理。「複数の料理人が関わると味がぶれる」という初代料理長・本多次作が定めた方針だ。高級銘柄鶏の阿波尾鶏をたたくところから、一升瓶120本ほどの量のスープが入る大きな釜でじっくり炊き上げて濃縮させるまで、水たき番の職人がたった1人で作っている。味付けは塩のみ。
火を止めるとたちまち湯葉のようにコラーゲンの膜が張ってくるほどの濃厚さだが、くどい脂っぽさは皆無。栄養豊富で体によさそうなのに、食べてももたれない淡泊で上品な味わい。シニアにファンが多いのも納得だ。
商品セレクトの基準(2) 飲食店や生産者と開発したオリジナル商品
もう1つの基準は、いろいろな試みをしている飲食店や生産地の人々と文春マルシェが協力し、開発したオリジナル商品であること。その代表が、総合ランキング第3位の「文春マルシェ限定 『ラーメン凪』の担々(たんたん)麺」だ。
「『ラーメン凪』の担々麺」は、2006年に新宿ゴールデン街で誕生し、現在は海外を含め50店舗ほどを展開している「ラーメン凪」のオリジナル商品。「ラーメン凪」は煮干しを中心にした濃いだしのイメージが強いが、同店を運営する「凪スピリッツジャパン」の生田悟志代表によると実は麺にも強い思いがあり、以前から麺のおいしさを生かして違う形で表現をしたいと考えていた。そんなときに文春マルシェの存在を知り、オリジナル商品を開発した。
単にスープと麺を提供するのではなく、スパイスやトッピングなど4個の小袋を付け、卓上で調理するような楽しさもプラスしたのがポイント。材料費と手間がかかりすぎて店では出せない"陰のヒット商品"だという。生田代表は「(こういう商品が売れるということは)文春マルシェのお客様は、食に対する感度がすごく高いなと思っています」と語る。
付属のラー油や花椒(ホワジャオ)をプラスしなくてもかなり辛いが、濃厚なごまダレに後押しされ、刺激的な香りの花椒、漬物のような独特な風味があるターサイに引っ張られ、気がつくとかき込むように食べている。確かにクセが強いが、やみつきになる人も多そうだ。
注目商品群から見えてきた、シニアの真のニーズ
文春マルシェ部長の田中裕士氏はあるとき、「年配者は揚げ物を好まないと言われがちだけど、実はそうでもない」という話を聞き、総合ランキングで8位に入っている揚げ物「おうちで揚げない海老(エビ)カツレツ」の購入傾向を調べてみた。その結果、ある傾向に気づいたという。
「60歳以上の方が多いと思われる電話での購入件数で3位、60歳以上の女性に限って言うと第2位になっていたんです。一緒に購入されている商品を見てもグラタンやハンバーグなど、結構食べ応えのあるものをご注文されていらっしゃいます」(田中氏)
もう1つ田中氏が商品群の並びを見ていて感じるのは、家族みんなでにぎやかに食べるというよりは、おいしい物を少しでいいから、好きなときに楽しみたいという「個食」のニーズだという。これは子育てを終えたシニア層という年齢も関係しているのかもしれないが、仕事をしている世代でもリモートが増え、外に食事に出るのがおっくうだったり時間が合わなかったりする場合が多くなっている。そんなときに、冷蔵庫にちゃんとした食べ物がいつでもあるというのは安心感につながるのではないかと感じているという。
全く関連がないジャンルへの"飛び地ビジネス"は難しい
なぜ「文春マルシェ」はこのように、シニアに向けた商品をセレクトしているのか。「文春マルシェ」チーフプロデューサーの柏原氏は19年に、新規事業開拓を目指す「新規事業開発局」が発足したときに配属され、最初は今まで全くやっていない未知の分野への"飛び地ビジネス"も視野に入れて検討していた。たが、やはりそれは難しいと感じたのが発端だと語る。
そこで"今までやってきた地続きの分野"の中から、まだ着手していないことに目を向けたという。
「今まで我々が出版してきた『週刊文春』や『文藝春秋』、書籍などはだいたいシニア層。具体的には50~70代ぐらいの方を中心に読者として考えてビジネスをやってきました。その読者層を若手に拡大しようとこれまで努力してきたのですが、よく考えてみたら、今はその年代が今は一番余裕があり、まだまだ健康で、しかもバブルを経ていろんな興味の幅が広い。その人たちに向かってビジネスをしてみたらどうだろうかと考えたというのが、一番大きな理由です」(柏原氏)
シニア層に向け、健康や旅、相続などリアルなものを届けたいという大きな構想もある中で、最初に着手したのが食。昭和42年(1967年)から平成26年(2014年)まで刊行が続いた『東京いい店うまい店』、昭和61年(1986年)に始まってブームの先駆けとなった文春文庫「B級グルメ」シリーズなど、文藝春秋と食エンタメは歴史的にも親和性があったためだ。
当初は20年2月ぐらいのスタートを考えていたが、新型コロナウイルス禍で食や電子商取引(EC)に関する需要が高まっている状況から、開始を早めた。9月に達成した累計売上高1億円は、文藝春秋の総売上高214億円(20年3月)からすればまだ比率は低い。だがメンバーからは「10%を目指す」という声も出始めている。
(ライター 桑原恵美子)
[日経クロストレンド 2021年10月12日の記事を再構成]
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