2021/11/6

一方、フォスター氏らが着目したのは、海藻よりも研究が進んでいない、アマモなどの海草に対してラッコが及ぼす影響だ。

ブリティッシュ・コロンビア州のラッコは、狩猟によって1900年代初頭に全滅した。現在この地域に生息しているラッコはすべて1969年から1972年にかけてアラスカ州から再導入された89頭のラッコの子孫だ。その中には、アラスカ州のアムチトカ島で1971年に実施された地下核実験に先がけて、島外に運ばれたラッコの子孫もいる。

再導入以来、ブリティッシュ・コロンビア州のラッコは増えつづけ、ワトソン氏によると、現在は8000頭ほどになっている。ただし、同州におけるラッコの生息域はいまだ、もともとの生息域の半分強ほどでしかない。

このように分布が偏っているおかげで、フォスター氏らはラッコがいるアマモ場といないアマモ場をうまく比較できた。氏らは、ラッコが及ぼす影響に注目するため、ラッコがいる場所といない場所で、アマモの遺伝子多様性の指標となる対立(アリル)遺伝子(血液型の遺伝子が一例)の多様度を調査した。その結果、アリル多様度は、ラッコがいるアマモ場の方が30%高いことがわかった。

アマモなどの海草は、無性生殖と有性生殖を行う。無性生殖では、根茎(こんけい)と呼ばれる地下茎を伸ばして新たな個体を作る。芝が増殖して広がる仕組みと似たようなものだ。

ただし、このようにして生じる個体は、すべて同じ遺伝子をもつクローンになる。ワトソン氏によると、アマモ場の中には1種類のクローンだけで構成されるものがあることもわかっているが、そのようなアマモ場は総じて外部からの影響を受けやすい。

対して、海草は花と種子による有性生殖で増えることもできる。多様な子孫が生まれるので、長期的に見ればこちらの方が望ましい。そして、ラッコの食事によって促進されるのも、こちらの方式だ。

変化に強い環境を作る

アマモの遺伝子がラッコによって多様になれば、脅威への耐性も増加する。アマモが現在、そして将来に直面する脅威は決して小さくない。

アマモは温度変化や酸性度に敏感であり、気候変動に伴う海水の温度上昇と酸性化は特に問題だ。このような生態系は世界中で、開発、栄養分や肥料の流出、沈泥の堆積、浚渫(しゅんせつ)、錨の引きずりなどによる被害を受けている。

米ソノマ州立大学(カリフォルニア州)の海洋生態学者ブレント・ヒューズ氏は、ラッコが与える影響はとても大きいと話す。さらに、ラッコを再導入してからわずか数十年後という短期間で効果が見て取れるようになったことも注目に値するという。

「ここまで早く効果が見られるのは驚きですが、十分にありうることです。論文のデータも、そのことをよく示していると思います」とヒューズ氏は話す。

これは、ラッコがどれだけ生息環境の役に立つかを示す一つの例にすぎない。「ラッコがいる場所はどこも、植物がとても元気に見えます」とヒューズ氏は言う。

今回の研究は、大型動物が消えることで、一体何が失われる可能性があるのかも明らかにしている。「例えば、たくさんの遺伝子の相互作用です。この点について調査を始め、再発見できれば、とてもすばらしいことだと思います」とフォスター氏は話す。

「普通の人は、種が失われるのは悲しいことだと感じます。その動物がいなくなるからです。しかし、その動物が重要な役割を担っていたすべての相互作用も失われることになるのです」と氏は語った。

(文 DOUGLAS MAIN、訳 鈴木和博、日経ナショナル ジオグラフィック社)

[ナショナル ジオグラフィック ニュース 2021年10月18日付]