
ラッコは動物界で最も厚い毛皮に覆われた生きものだ。主食は貝や甲殻類などの海底の生物で、一生を通して海で生活することもある。カナダのブリティッシュ・コロンビア州に生息するラッコは、二枚貝をよく食べる。こういった貝は、水生植物であるアマモ(Zostera marina)が茂る場所に潜んでいることが多い。
ラッコが暮らすアマモ場には、ところどころに草が生えていない空き地がある。ラッコがエサを探して海底を掘った跡だ。しかし、ラッコがいないアマモ場は通常、一面に草が茂っている。2021年10月14日付で学術誌「Science」に掲載された論文によると、両者を比べてみたところ、ラッコがいるアマモ場の方が安定しており、遺伝子の多様性も高いことが明らかになった。
ラッコが捕食活動を通して海底をおだやかに乱すことで、アマモの開花や種子の形成が促されるからだ。さらに、ラッコが海底を掘ることで、種子が発芽し成長するために必要な場所や日光も確保される。
今回の発見は、ラッコなどの捕食動物が、捕食関係以外でも生態系に影響を与えていることを示す好例だ。こういった関係は注目されないことが多く、あまり知られていないと、今回の研究を率いたエリン・フォスター氏は話す。
つまり、国際自然保護連合(IUCN)によって絶滅危惧種(endangered)に指定されているラッコは、環境にとって重要な生物であり、アマモ場の存続と健全性の維持に貢献している。
気候変動による海水温の上昇もあって、アマモ以外の海草も世界中で危険にさらされているとカナダ、バンクーバーアイランド大学の海洋生態学名誉教授で、論文の共著者でもあるジェーン・ワトソン氏は説明する。
海草の生息地は、多くの魚や甲殻類が暮らす重要な環境でもある。コククジラやウミガメなどに食べものを提供するだけでなく、温暖化ガスを吸収したり、有害な汚染物質や細菌をろ過したりする。
「通常、遺伝的な多様性があれば、変化に柔軟に対応できます。現在私たちが直面している難題を考えれば、アマモ場にとって遺伝的な多様性は重要です」。カナダ、ビクトリア大学の博士課程に在籍しながら今回の研究を進め、学位を取得したフォスター氏はそう述べる。氏は現在、ブリティッシュ・コロンビア州を本拠地として沿岸地域の研究や保護活動を行っているハカイ研究所の研究員だ。
ラッコの力
かつてラッコは、バハ・カリフォルニア半島の先端から日本の沿岸部まで、北太平洋沿岸の広い範囲に生息していた。しかし、ヨーロッパ諸国による植民地支配の拡大後、特に1800年代を中心に、毛皮目的の狩猟で大量に捕らえられた。これにより、30万頭いたと推定されるラッコの生息数は、1900年代初頭には2000頭以下にまで激減した。
幸運にも、アラスカやカリフォルニアのラッコの一部は生き延びた。現在の北米西海岸には、ラッコの生息数が増加に転じている地域もある。
北米には、カリフォルニアラッコとアラスカラッコという2亜種のラッコがいる。ラッコはウニを食べるが、捕食動物がいなくなってウニが増えすぎると、ケルプ(海藻)の森が食べつくされてしまう。
これまでの研究から、アメリカムラサキウニが増えすぎた場所にラッコを導入することで、生態系のバランスを取り戻せることがわかっている。そのためラッコは、個体数は少ないが生態系に及ぼす影響が大きい「キーストーン(中枢)種」であり、生息環境を改変して他の生物に影響を与える「生態系エンジニア」でもあると認識されている。