2021/10/31
1935年、米国ルイジアナ州のシンガー・トラクトで営巣していたハシジロキツツキ(ARTHUR A. ALLEN, COURTESY CORNELL LABORATORY OF ORNITHOLOGY)

ハシジロキツツキ狂騒曲

2005年、ナショナル ジオグラフィック誌の編集者から私(著者のメル・ホワイト氏)の元にメールが届いた。私の自宅から約100キロのところで「失われた種」が見つかったことを喜んでいるかとの問いに、私はこう答えた。「なあ。ここにハシジロキツツキはいないよ。すべて大きな間違いだ」

ハシジロキツツキ狂騒曲真っただ中でのこの発言は、編集者を驚かせた。間もなく、私はナショナル ジオグラフィック誌にハシジロキツツキについての記事を書くことになった。

私は、アーカンソー州在住の長年の鳥類愛好家であり、ハシジロキツツキを捜索するチームの一員でもあった。2004年には、リトルロックで開催された秘密の会議に招待された。そこでは、コーネル大学やネイチャー・コンサーバンシーなどの代表者が、ハシジロキツツキを探す計画や、目撃情報が発表された際に避けられない世間からの注目、熱狂的なバードウォッチャーが殺到した場合の対応策などを検討していた。

ナショナル ジオグラフィック誌の仕事が決まると、科学者、政府関係者、ボランティアの捜索者、鳥類同定の専門家など、議論の両サイドにいる何十人もの人にインタビューを行った。ハシジロキツツキの生存について、最初から懐疑的だった私だが、証拠とされるものについて話を聞いた後は、無神論者のごとくまったく信じなくなった。

イラストレーターのマーク・ケイツビーが手で彩色した、ハシジロキツツキの銅版画。18世紀に出版された彼の本、『The Natural History of Carolina, Florida and the Bahama』に掲載されたもの(PHOTOGRAPHY BY DAVID TIPLING PHOTO LIBRARY / ALAMY STOCK PHOTO)

生存を信じている人と懐疑論者の対立は激化していった。米国で最も尊敬されている野鳥観察者の一人、ケン・カウフマン氏は、ハシジロキツツキが映っているとされる例の4秒間の映像を見て、上向きの角度で飛び去るエボシクマゲラに見えると判断した。カウフマン氏は最高に良い人なのだが、この自らの判断によって、懐疑論者になるとはどういうことを意味するのかを、すぐさま知ることとなった。「猛烈に怒鳴られましたよ。この喜びに満ちた出来事に疑問を抱くなんてと」。当時、彼は私にそう語った。

やはり鳥類同定の権威で、カウフマン氏と同じく鳥類のフィールドガイドを執筆しているデビッド・シブリー氏は、最初は興味を持ったものの、すぐに「証拠を見直すと、いかに証拠が少ないかがわかった」という。彼も最終的にはハシジロキツツキの発見に対する疑念を公表したが、「人生に一度あるかないかの『いい話』が事実ではないかもしれないと、どう伝えたらいいのか、難しかったです。うまいやり方はないですね」と私に語った。

多くの人が、この対立ゆえに友人を失った。科学雑誌や自然誌での言葉の争いは険悪なものになっていた。高名な学者たちがスキャンダル誌のようなトーンで互いに記事を執筆する。いったんある立場を採った人というのは、それを再考する謙虚さを持ち合わせていないことが多いものだ。

ナショナル ジオグラフィック誌は、自然写真のエースであった写真家ジョエル・サートレイ氏に、ハシジロキツツキの記事のための撮影を依頼した。

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ハシジロキツツキの絶滅が教えてくれたこと
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