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五輪連覇・大野将平選手 「勝って当然」に打ち勝つ力

五輪メダリストに聞く(上)

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NIKKEI STYLE

日経Gooday(グッデイ)

東京五輪の柔道男子73kg級決勝で、ラシャ・シャフダトゥアシビリ選手(ジョージア)に9分26秒の死闘の末に支え釣り込み足で技ありを奪って見事に優勝。日本柔道で史上7人目、男子では4人目となる五輪2連覇の偉業を達成した大野将平選手。頂点を極めたからこそ当然のように連覇を求められる重圧や苦悩、そして、前代未聞の五輪延期をどんなメンタルで乗り越えて結果につなげたのか、お話を伺った。

リオ五輪後、大外刈りをテーマに修士論文を書く

――東京五輪後は、どのような生活を送っていらっしゃいますか。

しばらく柔道着の袖に腕を通していません。体幹を鍛えるなど体を気持ちよく動かして汗を流し、ご飯をおいしく食べるという生活を過ごしています。トレーニングは我々にとっては苦しくてつらいものというイメージなので、これはトレーニングとは言えないですね。

――リオデジャネイロ五輪で金メダルを獲得された後も大学院に進学し、1年間、休まれていますよね。

リオ五輪後は必ず次の東京五輪の話題がセットになって、リオは東京への助走であるかのような雰囲気が漂っていました。実際にリオ五輪後に引退するトップアスリートも少なく、長く休む気持ちにはなれませんでした。でも「アマチュアスポーツである柔道は五輪でしか注目されない。4年という長丁場を経て、再び結果を出さなければいけないのだから休む勇気も大切だ」と野村忠宏さんなど天理大学の先輩方に助言をいただいたんです。思い切ってしばらく休むことにして天理大学大学院に進学し、大外刈りをテーマにした修士論文を1年かけて書き上げました。

――東京五輪に向け、自身の得意技をさらに研究するという目的もあったのでしょうか。

将来、指導者を目指すことを視野に入れていたので、技の感覚的なものをきちんと言語化して説明できるようになりたいという思いがありました。

大外刈りは柔道で最初に覚える技の一つですが、シンプルかつディープな難しい技で、勇気が要る技でもあります。というのも、大外刈りをかけたら相手も大外刈りをかける鏡のような形になります。そんな技は大外刈りだけで、それをあまり理解できておらず、攻めと受け身を別々に分けて考えている柔道家は多い。それでは勝てないんですね。また、力任せになぎ倒すようなイメージがあるかもしれませんが、フィジカル面はもちろん大切なものの、緻密な技術が必要です。研究して新たな視点に気づいたり、自身の技術をさらに解析できたりして、分かりやすく説明できるようになったと思います。

でもそれ以上に、副産物というか、今回の五輪連覇のために必要となったメンタルを支えてくれるものを得られました。研究の資料となる柔道の文献をあさっていると、私のモチベーションに火をつけた柔道の歴史を学ぶことができたのです。

「東京五輪に運命的なつながりがある」と思えた理由

――どういうことですか。

柔道は前回の東京五輪(1964年)で初めてオリンピック種目になり、今回と同じ日本武道館で実施されました。開催国のお家芸なので日本チームはプライドやものすごいプレッシャーがあったでしょうし、日本国民の誰もが圧倒的な強さで母国が勝利すると思っていたと思います。しかし、最終日の無差別級の決勝で、日本代表選手がオランダのアントン・ヘーシンク選手に敗れるという大波乱が起こりました。

この衝撃的な敗退をきっかけに日本柔道は再建を目指して、柔道の私塾「講道学舎」を東京都世田谷区に設立します。のちに古賀稔彦さんや吉田秀彦さんなど数々の五輪メダリストや世界選手権優勝者を輩出した名門塾です。今は閉塾しましたが、私も中学生の時に山口から上京して、この講道学舎で高校まで学びました。

さらにヘーシンク選手の歴史をたどると、東京五輪前の稽古の拠点は、実は私の母校の天理大学でした。五輪前に何度も合宿を組んで、天理大学の初代師範で日本代表監督だった松本安市さんから指導を受けていたことを知ったんです。

「天理大学で稽古をしていたヘーシンク選手が東京五輪で金メダルを獲得し、それをきっかけに講道学舎が設立された」。それを知ったとき、私がたどってきた道、目指す道との強いつながりや縁を感じ、自分自身にプレッシャーを与えるかのように、「私ほど、この東京五輪に運命的なつながりのある選手はいない」と思うようになりました。「だから絶対に勝つんだ」と。このストーリー性を自分の中でしっかり意味づけして本番に臨めたことは、モチベーションを維持するうえでも非常に大きかった。五輪が延期になるという不測の事態も乗り越えられた一つの要因だと思います。

突然の五輪延期…それでも心が折れなかったのは後輩の存在

――とはいうものの、リオデジャネイロ五輪後、さまざまな葛藤があったかと思います。試合中の荒々しい表情からほっとした表情に一変した東京五輪の決勝直後のテレビインタビューで、「リオデジャネイロオリンピックを終えてからの、苦しくてつらい日々を凝縮したような、そんな1日の戦いでした」「子どもの頃、好きで始めた柔道がリオ以降は嫌いになって、何のために稽古をやっているのだろうと自問自答する日々でした」という言葉が胸に突き刺さりました。リオ五輪後、苦しくてつらかった理由、子どもの頃から好きだった柔道が嫌いになった理由を改めて伺いたいです。

今も嫌いですけどね。柔道が嫌いというより、稽古やトレーニングが好きではないということです。畳の上で楽しもうなんて気持ちでは勝てない。当然ですが、誰よりもきつくてしんどくて稽古に覚悟を持って挑まなければ五輪では勝てません。

また、リオ五輪までの4年と東京五輪までの5年は、全く違うものでした。周囲に2連覇、3連覇をされている先輩はいらっしゃいますが、五輪チャンピオンという立場になり、勝って当然と周囲から思われる中で2連覇に向かっていく過程は、自分にとってはつらくネガティブな作業でした。

――どんなときがつらかったのでしょうか。

リオ五輪後、1年休んでから2018年に畳に戻ってきて、周囲から勝つことしか求められてない中で結果を出すことがつらかった。それから、2019年8月にプレ五輪のような位置付けの世界柔道選手権が東京で開催され、6試合オール1本勝ちで優勝したんです。圧倒的な勝ち方をしたからこそ、自分にかかってくるプレッシャーをさらに肌で感じてしまい、苦しくなっていきました。だから、2020年の冬に開催された国際大会「グランドスラム・デュッセルドルフ2020」で優勝して東京五輪の代表権を獲得すると、自分の中では勝ちたいというより、早く五輪を戦い終えて稽古やプレッシャーから解放されたいという気持ちの方が大きくなっていました。そんな状態での五輪延期の発表だったので、見えていたゴールが遠のいたというか、正直もう1年苦しい我慢の稽古を続けなくてはいけないのかと思いました。さっきから「つらい」「苦しい」ばっかり言ってますが。

――開催されるか分からない中で、集中力を切らすことなく本番を迎え、大舞台で結果を出せたのはなぜだと考えますか。

2020年に東京五輪が延期になったとき、1階級だけ代表が決まっていませんでした。東京五輪で阿部一二三選手が金メダルを獲得した66kg級です。阿部選手と代表の座を争っていたのが、私の大学の後輩、丸山城志郎でした。私は代表権を獲得していましたが、彼は代表権を獲得できていない中での延期決定でした。私よりしんどい立場にいて、異なるプレッシャーの中で自分自身と闘っている後輩が身近にいるのに、私がやすやすと心折れるわけにはいかなかったんです。それは丸山に失礼ですから。コロナの影響で2~3カ月は畳の上での満足な稽古ができず、自主的に走ったり、体を動かしたりしなければいけない中、「必ず代表権を獲得するんだ」という強い気持ちで前を向いていた丸山がそばで一緒に汗を流してくれていたことが、心が折れなかった大きな要因だと思います。

阿部選手との24分間の死闘の末、丸山は結果的に代表権を取れませんでした。全く格好悪いことではなく、それもまた人生。彼は腐ることなく、代表争い後の今年6月にブダペストで開催された世界選手権66kg級でしっかり2連覇を果たしました。驚いたのが、帰国して2週間の隔離後、すぐ道場に来たんです。「先輩、オリンピックまで一緒にトレーニングしますから」と。私が五輪後に稽古を休んでいるように、世界レベルの大会が終わればみんな厳しい稽古を休みたいんですよ。丸山も休んでリフレッシュしたいはずなのに、私が最後に心身を追い込むようなキツい稽古をしている時期に、彼は文句一つ言わず隣で一緒に稽古してくれました。そんな彼の存在や行動は自分にとって大きく、五輪に立ち向かう勇気になったことは確かです。

(次号に続く)

(ライター 高島三幸、写真 厚地健太郎)

大野将平選手
1992年山口県生まれ。天理大学大学院修了。旭化成所属。得意の大外刈りや内股などを駆使したしっかり組んで投げる正統派の柔道で、2016年リオデジャネイロ五輪73kg級で金メダルを獲得。19年東京で開催された世界柔道選手権で6試合オール1本勝ちで優勝。けがによる不戦敗を除き14年から外国人選手に負け知らずで臨んだ2021年東京五輪73kg級で、連覇を果たす。

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