日経Gooday

「勝って当然」と周囲から思われる中で、どのように結果を出していったのか。

突然の五輪延期…それでも心が折れなかったのは後輩の存在

――とはいうものの、リオデジャネイロ五輪後、さまざまな葛藤があったかと思います。試合中の荒々しい表情からほっとした表情に一変した東京五輪の決勝直後のテレビインタビューで、「リオデジャネイロオリンピックを終えてからの、苦しくてつらい日々を凝縮したような、そんな1日の戦いでした」「子どもの頃、好きで始めた柔道がリオ以降は嫌いになって、何のために稽古をやっているのだろうと自問自答する日々でした」という言葉が胸に突き刺さりました。リオ五輪後、苦しくてつらかった理由、子どもの頃から好きだった柔道が嫌いになった理由を改めて伺いたいです。

今も嫌いですけどね。柔道が嫌いというより、稽古やトレーニングが好きではないということです。畳の上で楽しもうなんて気持ちでは勝てない。当然ですが、誰よりもきつくてしんどくて稽古に覚悟を持って挑まなければ五輪では勝てません。

また、リオ五輪までの4年と東京五輪までの5年は、全く違うものでした。周囲に2連覇、3連覇をされている先輩はいらっしゃいますが、五輪チャンピオンという立場になり、勝って当然と周囲から思われる中で2連覇に向かっていく過程は、自分にとってはつらくネガティブな作業でした。

――どんなときがつらかったのでしょうか。

リオ五輪後、1年休んでから2018年に畳に戻ってきて、周囲から勝つことしか求められてない中で結果を出すことがつらかった。それから、2019年8月にプレ五輪のような位置付けの世界柔道選手権が東京で開催され、6試合オール1本勝ちで優勝したんです。圧倒的な勝ち方をしたからこそ、自分にかかってくるプレッシャーをさらに肌で感じてしまい、苦しくなっていきました。だから、2020年の冬に開催された国際大会「グランドスラム・デュッセルドルフ2020」で優勝して東京五輪の代表権を獲得すると、自分の中では勝ちたいというより、早く五輪を戦い終えて稽古やプレッシャーから解放されたいという気持ちの方が大きくなっていました。そんな状態での五輪延期の発表だったので、見えていたゴールが遠のいたというか、正直もう1年苦しい我慢の稽古を続けなくてはいけないのかと思いました。さっきから「つらい」「苦しい」ばっかり言ってますが。

――開催されるか分からない中で、集中力を切らすことなく本番を迎え、大舞台で結果を出せたのはなぜだと考えますか。

2020年に東京五輪が延期になったとき、1階級だけ代表が決まっていませんでした。東京五輪で阿部一二三選手が金メダルを獲得した66kg級です。阿部選手と代表の座を争っていたのが、私の大学の後輩、丸山城志郎でした。私は代表権を獲得していましたが、彼は代表権を獲得できていない中での延期決定でした。私よりしんどい立場にいて、異なるプレッシャーの中で自分自身と闘っている後輩が身近にいるのに、私がやすやすと心折れるわけにはいかなかったんです。それは丸山に失礼ですから。コロナの影響で2~3カ月は畳の上での満足な稽古ができず、自主的に走ったり、体を動かしたりしなければいけない中、「必ず代表権を獲得するんだ」という強い気持ちで前を向いていた丸山がそばで一緒に汗を流してくれていたことが、心が折れなかった大きな要因だと思います。

阿部選手との24分間の死闘の末、丸山は結果的に代表権を取れませんでした。全く格好悪いことではなく、それもまた人生。彼は腐ることなく、代表争い後の今年6月にブダペストで開催された世界選手権66kg級でしっかり2連覇を果たしました。驚いたのが、帰国して2週間の隔離後、すぐ道場に来たんです。「先輩、オリンピックまで一緒にトレーニングしますから」と。私が五輪後に稽古を休んでいるように、世界レベルの大会が終わればみんな厳しい稽古を休みたいんですよ。丸山も休んでリフレッシュしたいはずなのに、私が最後に心身を追い込むようなキツい稽古をしている時期に、彼は文句一つ言わず隣で一緒に稽古してくれました。そんな彼の存在や行動は自分にとって大きく、五輪に立ち向かう勇気になったことは確かです。

(次号に続く)

(ライター 高島三幸、写真 厚地健太郎)

大野将平選手
1992年山口県生まれ。天理大学大学院修了。旭化成所属。得意の大外刈りや内股などを駆使したしっかり組んで投げる正統派の柔道で、2016年リオデジャネイロ五輪73kg級で金メダルを獲得。19年東京で開催された世界柔道選手権で6試合オール1本勝ちで優勝。けがによる不戦敗を除き14年から外国人選手に負け知らずで臨んだ2021年東京五輪73kg級で、連覇を果たす。

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