世界最大のトリケラトプス 8億円落札は悪しき先例か

日経ナショナル ジオグラフィック社

2021/12/4
ナショナルジオグラフィック日本版

「ビッグジョン」の通称で知られるトリケラトプスの化石の競売を監視する競売人のアレクサンドレ・ジクエロ氏。2021年10月21日、ビッグジョンは匿名の米国人に手数料込み770万ドル(約8億7000万円)で売却された(PHOTOGRAPH BY MICHEL STOUPAK, NURPHOTO VIA GETTY IMAGES)

2014年、米サウスダコタ州の牧場で、浸食された斜面から転がり落ちたとみられる化石が見つかった。ウォルター・スタイン氏には、それがトリケラトプスの角だとすぐにわかった。風雨にさらされていたものの、かなり大きな個体のものであることが見て取れた。

スタイン氏は、化石を発掘して商業的に販売するパレオアドベンチャーズ社の創業者だ。トリケラトプスの化石は、発見場所となった牧場のオーナーの名前をとって「ビッグジョン」と名付けられた。それから6年、スタイン氏は米国内の博物館が購入してくれることを期待して化石を保有していたが、どこからも声はかからなかった。結局20年、氏はビッグジョンをイタリアの化石修復会社ゾイクに売却。ゾイクは化石を標本化して先日、競売にかけた。

ビッグジョンは21年10月、770万ドル(約8億7000万円)という高額で匿名の個人が落札した。このことは大きな話題となり、かねて続く厄介な論争に拍車をかけることにもなった。

ビッグジョンのような恐竜の化石が高額で売却される例は初めてではない。2020年にも「スタン」の名で知られる科学的にも重要なティラノサウルス・レックスの骨格が競売にかけられ、匿名の個人によって3180万ドル(現在の日本円で約35億9000万円)で落札されている。

ちなみに3180万ドルという売却額は化石に支払われた金額では過去最高だ。科学者らはこうした価格高騰に懸念の声を上げている。これから見つかるかえがえのない化石も個人のコレクションになってしまい、研究の機会が失われるかもしれないからだ。

155センチの頭骨はギネス世界記録

ビッグジョンの復元された頭骨の長さは155センチと、これまで記録されたトリケラトプスの中で最大で、ギネス世界記録に認定された。

21年10月21日、パリのオークションハウス、ビノシュ・エ・ジクエロとオテル・ドゥルオーは、ゾイクが出品したビッグジョンを競売にかけ、ヨーロッパの競売で化石に支払われた金額としては過去最高額でこれを売却した。この価格はまた、ティラノサウルス・レックス以外の生物化石に支払われた金額でも過去最高だ。

ビッグジョンについては、頭骨とその他の骨格が一緒に見つかっている点は重要だが、頭骨の75%、骨格全体の60%がそろっているというのはさほど珍しい例ではない。保存状態についても、良好な部位から風化した部位までさまざまだ。

復元されたビッグジョンはさっそうとした姿をしており、フリルには生前に治癒した興味深い傷が見られる。それでも、「科学的な有用性という意味では、とても限定的です」と、米バッドランズ恐竜博物館の学芸員デンバー・ファウラー氏は述べている。

ビッグジョンの頭骨がトリケラトプスの中で一番大きいことに、「科学的に大きな意味はありません」と語るのは、ビッグジョンの販売促進のためにビノシュ・エ・ジクエロに協力した、ギャラリーオーナーで、自然史関連品の競売に詳しいヤーコポ・ブリアーノ氏だ。「でも、個人収集家に売り込むセールスポイントとしては『最大』であることは大きな魅力です」

化石の価値

ビッグジョンは、これまでに100体以上が発見されているトリケラトプスの化石の一つにすぎず、またトリケラトプスは北米西部のヘルクリーク累層で見つかる恐竜化石で一般的なものだ。

ちなみに米国では、政府の許可を得た研究者だけが広大な連邦政府の土地で化石を探すことができ、見つけた化石は博物館などの施設で公共のものとして扱われなければならないことになっている。一方、ビッグジョンのように私有地で見つかった化石は地主に所有権があり、合法的に売買できる。

言い換えれば、米国はこうした取引が許されている数少ない国なのだ。化石取引については古生物学者の間でもさまざまな意見があり、カナダ、カルガリー大学の古生物学者で、脊椎動物古生物学会(SVP)の会長ジェシカ・セオドア氏は、競売によって化石がコレクター向けの高級品となり、世界的な化石取引のさらなる正当化につながることを懸念している。

「化石を見たい、所有したいという気持ちは理解できます。しかし現実として、化石は無限ではありません。わたしたちは化石からできる限り多くのことを学びたいと考えており、そのためにはだれもが化石を見て、観察することができる博物館に収蔵するのがベストです」

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サウスダコタの丘からパリのオークションホールへ