有森裕子 マラソン大会もリアルとオンライン併用時代
木々の葉が少しずつ色づき、気持ちの良い季節になりました。全国で緊急事態宣言が解除されてから約1カ月半。久しぶりに出張された方や友人との食事を楽しまれた方、街へショッピングに出かけられた方、スポーツイベントに参加された方も多いのではないでしょうか。
スポーツや音楽などの大規模イベントの参加人数の制限も緩和され、11月からはすべての都道府県で「収容人数の半分または5000人のいずれか大きい方」まで入場できるようになりました(大声での歓声があるイベントなどの場合は条件が異なるようです)。一方、世界保健機関(WHO)は、世界のコロナ感染者数や死者数が2カ月ぶりに増加した(10月末時点)と公表するなど、海外では依然として感染が収束していません。第6波の恐れも否めない中、100%安心できる状態には戻ってはいません。引き続き感染対策に留意しながら、日々を楽しんでいただきたいと思います。
市民ランナーも、状況に振り回されない順応性を持って
さて、緊急事態宣言は9月30日をもって解除されたものの、10月17日に開催予定だった東京マラソンは残念ながら延期になりました。本来は今年の3月7日に開催予定だったものが、10月に延期になり、参加者の人数を絞り、海外からの一般ランナーの受け入れも断念することで開催が実現するように準備を進めてきました。
しかし、あらかじめ大会要項に定められていた「大会開催1カ月前においても東京都が緊急事態宣言発令下にある」という条件に該当したため、やむなく再延期が決定しました。この決定に、再び残念な思いをされた市民ランナーもいらっしゃったと思います。
今、市民ランナーの皆さんは、どんなふうにランニングを楽しんでいるのでしょうか。ツイッターやフェイスブックなどのSNSを見ていると、地方の方からリアルなマラソン大会を再開してきたなという印象があります。私も11月7日に開催された「富山マラソン2021」のゲストに呼んでいただき、久々に目と目を合わせながら参加者の皆さんを応援させていただきました。また、感染対策をしっかりしながら企業の実業団チームの選手たちが地元の子どもたちを教える陸上教室を開催したりもしています。
こうしたリアルのマラソンイベントが徐々に増えてきたのは喜ばしいことですが、いつまた感染が拡大するか分からない現状を鑑みると、この先、マラソン大会をリアルのみで開催していくことは、難しいようにも感じています。昨年は、マラソン大会の中止が続く状態をネガティブに捉えたランナーがほとんどだったと思いますが、こうした状況が来年で終わるのか、5年以上続くのかは誰にも分かりません。期待した結果、「開催されない」「参加できない」とがっかりし、感染状況に振り回されてストレスを抱え続けるのは不健康なことです。
大会の開催が死活問題にもなる実業団やプロのランナーとは異なり、趣味や健康づくりのために走っている市民ランナーは、楽しみにしていた大会で走ることができなくなっても、現状を受け入れる気持ちの余裕や順応性を持つことが大事だと思います。そもそも、マラソンという競技自体、ランナーに順応性がないと戦えないスポーツです。
私は、これからは、リアルとオンラインを併用した形で大会を開催するというスタンスが、新しい未来のマラソン大会の形であり、スタンダードになっていくのではないかと想像します。参加する市民ランナーだけでなく、スポーツの大会を作っていく運営側の人間も、常に状況が変化することに慣れる感覚を持ち、臨機応変に対応することが大切になるはずです。
アプリ1つでマラソン好きがつながる運動イベント
そんななか、私が理事長を務めるスペシャルオリンピックス日本[注1]では、昨年2000人以上の方々にご参加いただき大盛況だった「スペシャルオリンピックス日本オンラインマラソン2021」(詳しくはhttps://sonippon.wixsite.com/onlinemarathon2021)を、今年も開催しています。
昨年のオンラインマラソンでは、参加者全員が走った距離を合計して、日本一周という目標距離を達成し、さらに世界へと距離を伸ばしました。今年のオンラインマラソンは、参加者全員でスペシャルオリンピックスの活動が行われている「201の国と地域」を回る企画で、期間は約2カ月間の11月30日までを予定しています。
「らんすけ」というアプリを使って走行距離を提出してもらい、個人やチーム別のランキングもウェブサイトに表示されます。みんなで走る目標走行距離は、昨年よりも長い約18万9723km(世界一周)になり、チーム参加(1チーム2~10 名)や個人参加、車いすでの参加でもOK。もちろん、知的障害のある方々だけでなく、誰でも参加できます。
10月2日にはオンライン開会式として、シドニー五輪女子マラソン金メダリストの高橋尚子さんを特別ゲストに招き、Zoomでトークショーを開催。「ではみなさん、今日からスタートしてください!」という掛け声で、多様な方々が世界中のあらゆる場所で、ランニングやウオーキングを開始しました。
期間中には、運動アプリの「ライブラン」を活用したユニファイドライブランイベントを3回ほど実施します。ユニファイドライブランイベントとは、皆さんがランニングしたりウオーキングしたりしているところを、私たちが生実況するもの。事前に参加者にライブランの専用アプリにご登録いただき、当日にアプリを開いていただくと、司会者や私、ゲストの方の声が聞こえてきます(詳しくは過去記事「有森裕子 実況付きで『オンラインマラソン』は楽しい」参照)。
私たちは画面に出てくる参加者の皆さんのニックネームや走っている場所、走行距離を見ながら、「〇〇さん、今トップですね!」「1キロ3分10秒といういいペースです」といった実況をしながら、声援を送ります。参加者の数が多いので、全員に声をかけることは難しかったのですが、私も現地でハイタッチをしながら応援している気持ちになり、時間は40分ほどでしたが、ランナーのみなさんとつながって一緒に大会に参加しているライブ感を味わうことができました。参加者の皆さんにもライブ感覚を楽しんでもらえたのではないかなと思います。
[注1]スペシャルオリンピックス:知的障害のある人たちにさまざまなスポーツトレーニングと、 その成果の発表の場である競技会を、年間を通じ提供している国際的なスポーツ組織
リアルとオンラインのフル活用で運動を習慣化
スポーツ庁は先日、「Team Sport in Life」を結成するという面白い試みをしていました。タレントの武井壮さんや陸上女子100メートルハードルの寺田明日香選手、サッカー日本代表の長友佑都選手、プロスケーターの村上佳菜子さん、お笑いタレントのゆりやんレトリィバァさんなどがアンバサダーに就任し、『ひとつのチームで、スポーツをもっと生活の中へ!目指せ、週イチ 、1000万人運動!』というコンセプトを掲げて、9月15日から10月31日まで、SNSを利用した国民にスポーツを促すイベントを開催しました。
このイベントはランニングに限らず、さまざまなスポーツを対象にしたものですが、こうしたオンラインイベントやSNSの力を借りて、ランニングやスポーツを続けるモチベーションを高め、習慣化していくよう働きかけていくことが、これからのスポーツイベントのスタンダードになるようにも思います。
(まとめ 高島三幸=ライター)
[日経Gooday2021年11月10日付記事を再構成]
元マラソンランナー(五輪メダリスト)。1966年岡山県生まれ。バルセロナ五輪(1992年)の女子マラソンで銀メダルを、アトランタ五輪(96年)でも銅メダルを獲得。2大会連続のメダル獲得という重圧や故障に打ち勝ち、レース後に残した「自分で自分をほめたい」という言葉は、その年の流行語大賞となった。市民マラソン「東京マラソン2007」でプロマラソンランナーを引退。2010年6月、国際オリンピック委員会(IOC)女性スポーツ賞を日本人として初めて受賞した。
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