
ワン氏によれば、パンダにとってもっと厄介な相手は中国北部のイノシシ(Sus scrofa moupinensis)だ。生息数はターキンを上回ると見られ、ターキンよりも生息範囲が広く、環境にもたらす影響も大きいことが明らかになっているという。
毎年、春になると顔を出すタケノコは、パンダにとって大切な栄養になる。特に妊娠中や授乳中のパンダにとっては、貴重な餌だ。一方、イノシシもタケノコを好んで食べる。調査によれば、パンダはイノシシが生息していない地域で餌を探しており、パンダの生息数は、イノシシが少ない近隣の地域で増加していることがわかっている。
さらに、イノシシは、他の種に伝染する犬ジステンパーやブタ熱に感染していることがある。「こうしたウイルスは、確実にパンダに伝染します」とワン氏は言う。
過去にはユキヒョウや、イヌ科のドール、オオカミなどが、ターキンやイノシシの個体数を抑制していた。だが、20年8月3日付で学術誌「Nature Ecology & Evolution」に発表された論文によると、こうした最上位の捕食動物はかなり減っている。その大半が密猟と生息地の消滅によって姿を消したのだと、この論文の共同著者である米スミソニアン保全生物学研究所のウィリアム・マクシア氏は言う。中国で20年以上にわたって活動してきたマクシア氏は、これらの肉食動物を復活させるよう主張している。
当局にはターキンやイノシシに関する十分なデータがなく、管理計画を策定できないのだと、ワン氏は言う。ナショナル ジオグラフィックは、野生動物と生息地の保全を監督する四川省林業・草原局にコメントを求めたが、回答は得られなかった。

「パンダの明るい未来を書かなければ」
20世紀には、世界の闇市場で売られるパンダの毛皮が莫大な利益をもたらす時期が長く続いた。動物学者のジョージ・シャラー氏は、1994年の著作「The Last Panda(ラスト・パンダ―中国の竹林に消えゆく野生動物)」で、密猟、生息地の消滅、劣悪な管理に苦しむパンダの姿を描いた。
だが、今日では密猟はまれになり、保護区の内外では、森林伐採もほとんど行われなくなった。現在80代後半になったシャラー氏はずっと楽観的で、もし次に本を執筆するとしたら「パンダの明るい未来について書かなければ」と話している。
野生動物レンジャーたちの献身的な活動も、パンダの減少をくいとめるのに役立っている。野生パンダの大半が暮らす四川省では、4000人以上のレンジャーが166の自然保護区を巡回している。「レンジャーは、法律と伝統的なしきたりとの間の緩衝材のような役割を果たしています」と、ワン氏は言う。