日経ナショナル ジオグラフィック社

構造ウイルス学を使って開発された「構造ベースワクチン」は、ウイルスの感染力が最も強い部分をねらって、体が最も強い抗体反応を起こせるようにする。構造ウイルス学は、重症急性呼吸器症候群(SARS)や中東呼吸器症候群(MERS)を含むコロナウイルスが人間の細胞へ侵入するときに、ウイルスの持つスパイクタンパク質がカギを握っていることを明らかにした。それらの構造を解明し、スパイクタンパク質を妨げる方法を応用して、新型コロナウイルスのmRNAワクチンの有効性を大きく高めることに成功した。

ウイルスとタンパク質を調べるには様々なツールがあるが、特に重要なのは、X線結晶構造解析と低温電子顕微鏡だ。この2つの技術が近年大きく進歩したことが、構造ベースワクチンの躍進につながった。「今後もこの技術を利用して多くのワクチンが開発されると思います」と、セバナ氏は言う。

X線結晶構造解析を行うには、まずタンパク質を溶液に浸して、氷砂糖のように結晶化させる。この結晶にX線ビームを当てると、規則正しい結晶の構造により回折する。そのパターンを撮影して、コンピューターで3次元(3D)画像を生成できる。

しかし、すべてのウイルスやタンパク質がうまく結晶化するわけではない。結晶化が難しい場合は、低温電子顕微鏡を利用する。こちらは、薄い氷の層の中でタンパク質を凍らせ、そこへ電子ビームを当てて、2次元画像を作成する。これを、角度を変えて数十万回繰り返し、ソフトウエアですべての画像を組み合わせて、3Dモデルを作成する。

米スクリプス研究所の構造生物学者アンドリュー・ワード氏は、少し前まで低温電子顕微鏡で原子レベルの画像を作れなかったと語る。しかし、10年に開発された新しい世代のカメラは、解像度が上がり、何枚もの写真を高速で撮影できるようになった。

こうして、X線結晶構造解析と低温電子顕微鏡は、HIVやジカ熱、エボラウイルス病、インフルエンザなど、様々な感染症ウイルスのタンパク質の構造を解明してきた。

ウイルスの「ビフォーアフター」がまるわかり

ヒトに感染するときにコロナウイルスのスパイクタンパク質が変形するように、クリミア・コンゴ出血熱にも感染の前後で形が変わる分子がある。糖タンパク質という分子で、棒のような形状が三角形になる。

科学者たちは、この糖タンパク質の変形を阻止するワクチンなら、効果が高いだろうと考えている。しかし、それには原子レベルでその形を正確に知る必要がある。

マクレラン氏の研究室は、世界7つの研究機関で構成される「プロメテウス」と呼ばれるコンソーシアムに属している。マクレラン氏のチームがまず、クリミア・コンゴ出血熱から回復した患者の抗体からタンパク質を分離し、X線結晶構造解析を使って感染前のタンパク質の形を特定し、3D画像を作成した。

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プロトタイプワクチンで次に備える