衝撃的な分析結果
この研究の重要なポイントは、過去にアイスコアが採取された最高地点よりもさらに1000メートル以上高いところでアイスコアを採取することだった。そのためには、既存の採掘装置をなるべく軽量化し、薄い空気の中で作業できるようにする必要があった。米国メーン州、アイスランド、ヒマラヤなど、非常に気温が低い場所で試験を行ったものの、一番必要なときにこの装置が問題なく動作する保証はなかった。
「実際、かなりのプレッシャーを感じました」と、アイスコアの採取を行った雪氷化学者で、米メーン大学の博士号取得候補者であるマリウシュ・ポトッキ氏は話す。「うまくいったときは、本当に安心しました」

採取した深さ10メートル分のアイスコアを分析したところ、驚きの結果が得られた。アイスコアの最上部にある最も表面に近い氷は、放射性炭素年代測定により、なんと約2000年前のものであることがわかったのだ。つまり、過去2000年の間に氷河に堆積した氷は、すべて解けてしまったことになる。アイスコアには、木の年輪のように、1年ごとに増えてゆく層がある。その層の厚さから計算したところ、氷が堆積するペースが一定だと仮定すれば、約55メートル分の氷が失われた計算になる。
ヒマラヤの別の場所における測定結果から、こうした氷の消失は1990年代から始まったと推測されるという。「このペースで氷が減り続ければ、サウス・コルの氷河はあと数十年で完全になくなってしまうでしょう。この変化は劇的です」と、マヨウスキー氏は話す。
科学者たちはこの変化の規模に驚いたかもしれないが、ウォーターズ氏たち登山家は、何年も前からその兆候に気づいていた。しかも、サウス・コルの氷河だけではなく、ヒマラヤ山脈全体に言えることだ。
ウォーターズ氏は話す。「エベレストやその周辺の氷河は、私が20年前に初めてヒマラヤに登ったときとは大きく変わっています。クーンブ・アイスフォールもかなり変わりました。ですから、最も標高が高い場所の氷河だけでなく、すべての氷河が失われているように思います」
氷河融解のメカニズム
氷が急速に失われる現象には、「昇華」と呼ばれるプロセスが影響していると考えられる。昇華とは、雪や氷が液体の水にならずに、直接気体になることを指す。気温が低く乾燥した場所、特に標高が高く日光や強風にさらされる場所でよく見られる現象だ。エベレストの南側はこの条件をすべて満たしている。
ポトッキ氏によると、サウス・コルの氷河では表面を覆う雪がほとんどなくなっているので、さらに昇華のペースが速くなると言う。雪はほとんどの太陽光線を大気中に反射するが、「新雪がなくなれば、氷は色が濃いため、吸収する太陽光線が増えます。そのため、解けたり昇華したりする量も多くなり、氷が減るペースも速まります」
マヨウスキー氏は話す。「ポトッキと私は、世界中のアイスコアを採取してきました。今回の調査のための採掘装置は、最初に雪を掘り、その次に氷を掘ることになるだろうと考えて開発したのです。むき出しの氷の表面を目にしたときは、本当にショックでした」
マヨウスキー氏にとって、今回の発見は、気候変動による影響が世界で最も人里離れた地域にまで、確実に及んでいる証拠をまた一つ重ねるものだ。
「海水温が上昇し、海の酸性化が進んでいます。また、真冬であっても暖かい空気の塊が北極に到達し、気温が氷点下にならないときがあることもわかっています。そして今回、世界で最も高い山の最も高い場所にある氷河でさえ、急速に失われているという証拠が見つかったのです。これは明らかな警鐘にほかなりません」
(文 KIERAN MULVANEY、訳 鈴木和博、日経ナショナル ジオグラフィック社)
[ナショナル ジオグラフィック ニュース 2022年2月8日付]