日経ナショナル ジオグラフィック社

そのロケットはどこから来た?

衝突したロケットの由来を、科学者たちは100%確信しているわけではない。

初期の観測の時点では、この物体は、15年2月に米海洋大気局(NOAA)の「ディスカバー(DSCOVR)」衛星を打ち上げた米スペースXの「ファルコン9」ロケットの上段ではないかと指摘されていた。だがその後まもなく、このロケット上段は太陽の周りを回っていて、月の近くにはないことが明らかになった。

天文学者たちは、WE0913Aほど明るい物体なら、打ち上げ直後に小惑星監視プログラムに探知されているだろうと考え、15年ごろに月を横切る軌道に打ち上げられた他のロケットを探しはじめた。

2014年10月24日、中国南西部の四川省にある西昌衛星発射センターから長征3Cロケットにより打ち上げられる嫦娥5号T1。この探査機は、中国初の月面サンプルリターンミッションの準備として、月の周りを飛行して地球に戻ってきた。天文学者たちは、このときに宇宙に残されたロケットの一部が月面に衝突したと考えている(PHOTOGRAPH BY CHINA OUT VIA AP PHOTO)

そこで探り当てたのが、中国の嫦娥5号T1ミッションの打ち上げロケットだった。嫦娥5号T1は、月面のサンプルを採取して地球に持ち帰ることを任務として20年に打ち上げられた月面探査機「嫦娥5号」の初期の試験機だ。

14年10月、小型の宇宙船である嫦娥5号T1は、中国の「長征3C」ロケットに打ち上げられ、月の周りを回って地球に戻ってきた。打ち上げロケットの一部は、ときどき月に接近しながら地球を周回する軌道に残された。この軌道についてマクダウェル氏は、月の裏側に衝突した物体の軌道と矛盾しないと言う。

レディ氏のグループは、22年2月にもう1つの手がかりを見つけていた。天空を通過するWE0913Aを観測し、その塗装がどのように光を反射するかについてのデータを収集したのだ。

この観測結果を、地球を周回するスペースXおよび中国の上段ロケットと比較したところ、WE0913Aの塗装は中国のロケットの部品の塗装とよく一致することがわかった。

「スペースXの塗装は中国のものとは違っています。月に衝突した物体は、地球軌道上にある長征ロケットのブースターと非常によく似ているのです」とレディ氏は言う。

これで「真犯人」は確定?

ただし、これで確定とも言えない。2月21日の記者会見でこの件について聞かれた中国外務省の汪文斌副報道局長は、嫦娥5号のロケットはすでに軌道を外れて燃え尽きたと回答している。しかし、中国のこのコメントは、14年の嫦娥5号T1ミッションではなく、20年の嫦娥5号ミッションについてのものかもしれず、質問の意図が誤って伝わった可能性がある。

軌道上の物体を追跡している米統合宇宙軍は当初、嫦娥5号T1のロケットは軌道から完全に外れたと発表したが、その後、訂正した。米統合宇宙軍は今回の衝突前に電子メールで、「嫦娥5号T1のロケットが軌道から外れていないことは確認できたが、月に衝突する可能性のあるロケットがどこの国のものであるかは確認できない」と説明している。

マクダウェル氏は月に衝突したロケットについて、すべての証拠が嫦娥5号T1ミッション由来であることを示唆しており、自分もそれがほぼ確実だと考えているが、100%確信しているわけではないと述べている。

ロケットの由来が確実に判明することはありうる?

由来を確定するには、ロケットが宇宙を漂ってきた経路をもっと確実にたどれるような、詳細な軌道追跡データが見つかる必要がある。

WE0913Aはこの8年ほど、マクダウェル氏が「カオス的」と表現する軌道で地球を周回していた。この軌道は、地球の表面から約2万4000キロのところから、月までの距離(約38万キロ)の2倍以上離れたところまでおよび、ときに月の重力に翻弄されたり引っ張られたりしていた。軌道は太陽放射の影響も受けるため、WE0913Aがたどった宇宙の旅を過去にさかのぼることは難しい。

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このような衝突は以前にもあった?