日経エンタテインメント!

近年、幕末から明治期の人物を取り上げた作品が続いている。

『ボタニカ』 幕末の土佐。造り酒屋を生業とする家に生まれた富太郎は、幼い頃から植物に夢中で、独学で研究の道へ。上京し、東京大学の植物学教室に出入りしながら、新種の発見や研究雑誌の刊行など多くの成果を上げる。同時に、学界とのあつれき、莫大な借金と、研究第一だからこそさまざまな困難を自ら招いてしまうのだが、富太郎はけして止まらない……! 希代の植物学者の、明治、大正、昭和を生き抜く姿を描く。おうような土佐弁もいい(祥伝社/1980円)

「偶然ですけれどね。ただ、潮目がダイナミックに変わる時期に生きた人々は、やはり面白い。富太郎も、あらゆる可能性を信じている。当時の若者の特徴でもあるでしょうが、やたらと鼻息が荒く、大言壮語も吐きます。坂興味深いのは、明治、草創期の大学では、旧幕時代の流れをくむ本草家と、西洋で植物学を学んだ留学組が混在していたこと。明治の近代化を支えたのは、旧幕時代に養った知識エネルギーだったのですが、西洋化が進みすぎて、日本人は自己否定をしてしまった。それは、成果主義に萎縮する現代の学問状況にも通じると感じる。江戸時代から今に続く流れを見渡せるのも、この時代を書く甲斐です」

そして、作家としての出発点も、信念も、富太郎と同じだと笑う。

「ただ、私は気になるだけ。その人がどんな言葉をしゃべり、どんなものを食べ、何を着て、どんな景色の中で生きていたか。『この人を知りたい!』という好奇心が、常に出発点。興味をそそられればどの時代にも行きたい。そして、小説への“好き”を貫きたい」

朝井まかて
 1959年、大阪府生まれ。2008年『実さえ花さえ』(後に『花競べ 向嶋なずな屋繁盛記』に改題)で小説現代長編新人賞奨励賞を受賞しデビュー。2014年『恋歌』で直木賞を受賞。『阿蘭陀西鶴』で織田作之助賞、『悪玉伝』で司馬遼太郎賞、大阪文化賞、『グッドバイ』で親鸞賞、『類』で芸術選奨文部科学大臣賞、柴田錬三郎賞を受賞するなど、受賞作多数。ほかの著作に『落陽』、『白光』など。

(ライター 剣持亜弥)

[日経エンタテインメント! 2022年3月号の記事を再構成]