作品の世界観は、安倍君が持ち味としている、どこの国とも時代ともわからない設定のファンタジーで、言葉遊びのギャグもちりばめられていて、笑えるところがたくさんあります。いろんな曲調のナンバーがあるし、王子がおばかだったり、それぞれのキャラクターも面白くて、軽くて明るいミュージカルコメディーになっています。だから気軽に聞いてほしいですね。
僕が仕上がった音源を受け取ったのは、大阪で『ナイツ・テイル』の公演が延期になった期間だったので、外を散歩しながらずっと聴いていました。それにはすごく向いていると思います。他のことをしながらでも聴けるし、BGM代わりにしてもらってもいいでしょう。セリフを聴き逃したから物語が分からないという話でもないので、分割して聴いてもいい。僕は子供にも聴かせたいと思います、本を読むようにして。人によって楽しみ方はそれぞれでしょうから、どんなふうに聴いてもらえるのか、興味深いです。
違う声は全く出てこない不思議な安心感
音楽は日常的に聴くものですが、ミュージカルは劇場で歌ったり踊ったりするのを見るという非日常感を楽しむものだと思うんです。でも、今回のひとりぼっちょ音声劇はどっちかというと、日常の中に溶け込むミュージカル。そこが今までになかったスタイルで、コロナ禍で生まれたミュージカルの新しい試みではないでしょうか。基本的に僕1人がやっているので、耳心地のよさというか、違う声はまったく出てこないという不思議な安心感もあります。だからオムニバスではなくて、ソロアルバムという感じ。ソロミュージカルというべきでしょうか。耳からの情報だけなので、想像力でイメージをどこまででも膨らませることができて、聴く人それぞれのクンセルポーム・クンセル塔が立ち上がってくると思います。その自由度は、演劇ならではの面白さです。
ひとりぼっちょ音声劇というフォーマットにも大きな可能性を感じます。安倍君がまさにそうですが、これから世に出ようというクリエーターにとっては、軽いフットワークで作品を世に出せるという点で、いい発表の場だと思います。劇場を借りて舞台をつくるとなると、お金も手間もかかるので、出演者1人による“聴く”ミュージカルを配信で届けるというやり方は、いろんな活用の仕方があるのではないでしょうか。今回は僕が演じましたが、次の機会があるなら、別のミュージカル俳優がやってみてもいいと思います。
ミュージカルの新しい表現の形として、ミュージカル俳優にとっての新たな可能性として、みなさんからどんな反応をいただけるのか、とても楽しみです。

(日経BP/2970円・税込み)

「井上芳雄 エンタメ通信」は毎月第1、第3土曜に掲載。第103回は11月6日(土)の予定です。