2021/10/30
サンペドロ・マルティル川のカルシウム豊富でおだやかな流れの恵みを受け、マングローブ林は海水がなくても生き続けている(PHOTOGRAPH BY OCTAVIO ABURTO)

 そうだとすれば、影響は甚大だ。海面が1メートル上昇しただけでも、主要な都市、経済圏、文化資源がある沿岸の広範な地域が浸水するだろう。現在、平均海面水位から5メートル未満の地域に、約7億7000万人が暮らしている。9~10メートルの水位上昇は、破壊的な影響をもたらすだろう。だからこそ、過去に起きたことを解明できるデータは、将来のリスクをもっと確実に予測するための手がかりとなる。

海面は9メートル上昇したのか

マングローブ林の祖先がこの場所に根を下ろしたのは10万年以上前のことだ。当時の海面水位を把握することは、簡単ではない。

マングローブ林の現在の標高は、先に述べたように9メートルだ。また、調査チームは、複数の地質学上の痕跡にも出合うことができた。近隣住民が海抜約10メートルの場所で井戸を掘った際、地下数メートルの地点に、貝殻と砂の厚い層を見つけたのだ。研究者たちは、この層が以前の海岸の一部であることを確認した。

だが、香港大学の海面水位の専門家、ニコル・カーン氏は、現在の標高9メートルがそのまま過去における海面上昇を意味するわけではない、と指摘する。地球のマントル深くで起きた変化の影響で、この値が実際の上昇分よりも高くなっている可能性があるという。

ユカタン半島一帯は、「氷河性地殻均衡(GIA)」というプロセスの影響を受けている可能性がある。最終氷期に北米大陸を覆ったような巨大な氷床が形成されると、ベッドのマットレスが体重で沈みこむように、その重みで地殻が押し下げられる。沈みこんだ地殻は続けてマントルを押し下げるが、間氷期になって氷床が解けると、押し下げられたマントルがリバウンドでゆっくりと上昇して隆起する場所が出てくる。

ユカタン半島は、その隆起が起きる場所とされている。つまり、以前より海抜が高くなっている可能性があるのだ。最近の研究によれば、近くのカリブ海におけるこうした隆起の影響は数メートルとされている。今回のマングローブ林がある場所が同様の影響を受けているとすれば、現在海抜9~10メートルにあるかつての海岸は、実際にはもっと低かったことになる。

過去の研究成果と合わせて、今回の論文では、当時の海面が今より6~9メートル高かったと見積もっている。これは、最終間氷期における海面上昇規模の推定値としては最大の値だ。

この海面水位については、まだ解明すべき大きな不明点が残っている、とカーン氏は言う。しかし、重要なのは、現在と似通った状況下で、大規模な海面水位の変動が発生するリスクを示す大量のデータが、この研究によってさらに充実した点だ。

「海面水位に関するさまざまな研究から、人類が気候に影響を及ぼす以前にも、海面が現在よりかなり高かったことが明らかになっています。ですから、私たちは、大規模な海面上昇の対策に本腰で向き合わなければならないのです」と、シムズ氏は話す。

(文 ALEJANDRA BORUNDA、訳 稲永浩子、日経ナショナル ジオグラフィック社)

[ナショナル ジオグラフィック ニュース 2021年10月10日付]

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