170km内陸の滝の上 マングローブ林がなぜここに

2021/10/30
ナショナルジオグラフィック日本版

メキシコのタバスコ州を流れるサンペドロ・マルティル川に接する、エル・カカワテというラグーン。このラグーンに沿って生育するマングローブ林は、通常の生息地である沿岸部から170キロも離れた場所にある(PHOTOGRAPH BY OCTAVIO ABURTO)

メキシコとグアテマラの国境に近いサンペドロ・マルティル川沿いを調査していた研究チームは、海岸から170キロも内陸の地点で予期せぬ光景に出合った。川沿いのきらめく大きなラグーンに沿って、マングローブの林が広がっていたのだ。

そこは、マングローブ林があるはずのない場所だった。というのも、通常のマングローブ林は、沿岸の限られた区域で、海水と高潮にさらされながら力強く繁殖するからだ。しかし、この場所は標高が9メートルもあるうえ、滝の上流にある。

研究チームが慎重に分析した結果、さらに驚くべき事実が判明した。マングローブ林はおよそ10万年前からこの地に伝わる「生きた化石」だった。すなわち、ここは当時の海岸線だったのだ。現在盛んに議論されている、過去の温暖期の海面の高さを知るうえで非常に重要な手がかりとなるこの発見は、2021年10月4日付で学術誌「米国科学アカデミー紀要(PNAS)」に発表された。

「私たちは、失われた世界を1枚の絵にまとめたのです」と話すのは、論文の筆頭著者で、米スクリップス海洋研究所の研究者であるオクタビオ・アブルト・オロペサ氏だ。

滝の近くのマングローブ。ラグーンの周りに生育するマングローブ林の祖先は、海面が現在より高く、一帯が海岸だった約10万年前、ここに根を下ろした(PHOTOGRAPH BY OCTAVIO ABURTO)

隔離されて生き延びた「生きた化石」

マングローブが海岸線以外の場所で生き延びることは不可能ではないが、他の植物との競合には弱い。こう話すのは、ドイツにあるライプニッツ熱帯海洋研究センターのマングローブ研究者、ベロニク・ヘルファー氏だ。「一般に、マングローブ林の繁殖地は潮間帯(満潮時には水没し、干潮時には露出する場所)に限定されています」

今回発見された内陸部のマングローブ林が、海岸線から遠く離れた場所で生き延びてこられたのは、周囲の土壌が、ラグーンや川の水に大量のカルシウムを浸出させ、海水に似た環境を生み出しているおかげだ。

ここにはマングローブだけではなく、優雅なラン、繊細なシダ、ハマベブドウなど、現代のマングローブ林によく見られる植物も生えている。マングローブの根の下の堆積層には古代のカキの殻が埋まっていて、ラグーンのほとりは、海岸にあるような古い砂地や小石で広く覆われている。

マングローブはいつ、どのようにしてこの場所にたどり着いたのか。アブルト・オロペサ氏と同僚は疑問を抱いた。オーストラリアにあるマッコーリー大学のマングローブ研究者、ニール・サンティラン氏によれば、マングローブは急速に遠くまで広がることはなく、生息地に留まる傾向がある。まだ果実が木についている間に発芽する種子は、海面に落ちて短い距離を流され、近くで根を下ろすことが多いという。

まして、マングローブの種子が上流に流されたり、高低差がある滝を上ったりすることはなかったはずだ。したがって、このマングローブ林の祖先は、この場所が海岸だった時代に流れ着いたに違いない。アブルト・オロペサ氏たちは、このように考えた。

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上下を繰り返してきた海面
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