また、体内のウイルスが一定量を超えると、免疫が過剰に反応することもある。「これまで出会ったことのないウイルスがある量に達した時点で、体はこれを検出して総攻撃を開始します。小さな標的に対して戦車を投入するようなものです」とジャベイド氏は言う。おかげでウイルスを排除できても、その巻き添えで体中にひどい損傷が残ることがある。
モルヌピラビルの治験は世界中の多くの場所で実施された。非常に有望な結果が得られたため、早期に終了することになったとメルク社は説明している。デルタ株やミュー株などの変異株に対しても同薬は有効だったという。
775人を対象にした今回の治験の中間解析に基づいて、メルク社は米食品医薬品局(FDA)に緊急使用許可(EUA)を申請するほか、他の国でも同様の申請を行う予定だ。承認がいつになるかは不明だが、米国政府はすでに治療1回分700ドル(約7万7700円)で170万回分を購入する契約を結んでいるとメルク社は発表している。
使えるのはどんな人?
最終的にどのような人がモルヌピラビルを使用できるのかも定かでない。治験の対象者は、新型コロナのワクチンを接種しておらず、重症化するリスク因子がある発症者に限定されていたと、今回の治験の責任医師を務めたアーロン・ワインバーグ氏は説明する。該当するリスク因子には、60歳以上の高齢、肥満、持病による免疫低下、心疾患や肺疾患などの基礎疾患などが含まれる。また、妊婦や授乳中の女性は除外された。
FDAが同薬を承認する際、使用者を治験の対象者と同様に限定する可能性もあるとジャベイド氏は話す。
この薬は有望とはいえ、あくまでも治療薬であり、ワクチンのような予防薬とは異なる。ワクチン接種を受ける必要がなくなるわけではないと、ショー氏は注意を促す。同薬を服用した被験者の中にも、症状が悪化して入院した人がいる。
またワインバーグ氏によれば、治験では深刻な副作用は見られず、あっても消化器症状程度であり、その発生率も治療群とプラセボ群とで同程度だったという。だが、今後、使用可能な対象者が広げられたときに安全性の問題が生じる可能性もあるとショー氏は指摘する。
それでも、今回の治験結果は喜ばしく、「8人の命を救えたことは大きな意味があります。入院が半減したことも同様です」とジャベイド氏は評価する。もしかすると、現在治験が行われている別の治療薬候補の中から、より有効性が高く、入院のリスクを80~100%も減らせるものが出てくるかもしれない。「しかし、現状ではモルヌピラビルに勝る経口の抗ウイルス薬はありません。そもそも、そんな薬は他にないのですから」
(文 MERYL DAVIDS LANDAU、訳 山内百合子、日経ナショナル ジオグラフィック社)
[ナショナル ジオグラフィック ニュース 2021年10月5日付]