何層もの堆積物に埋もれた人類の足跡を慎重に発掘するデビッド・バストス氏(PHOTOGRAPH BY DAN ODESS)

「ここを訪れると鳥肌が立ちます」と語るのは、 ニューメキシコ州およびアリゾナ州に住む先住民プエブロの一員キム・チャーリー氏だ。プエブロや多くの米先住民はホワイトサンズに精神的なつながりを感じており、チャーリー氏は、部族歴史保存局の委員会に所属し、研究チームと協力して足跡の保存に努めている。

しかし、足跡が付けられた時期を正確に特定することは難しいと、英ボーンマス大学の地質学者マシュー・ベネット氏は言う。公園の地表では、数千年の差がありうる足跡が交差し、何層にも重なり合っている。足跡の年代を確実に測定するためには、足跡の層の上下に、放射性炭素分析で年代を測定できる種子の層を見つける必要がある。そうすれば、足跡の層準(ある特定の地層)が作られたと考えられるもっとも早い時期と、もっとも遅い時期を絞り込める。

それでも、何年発掘を続けても、種子の層と足跡の層の両方が残っている場所はなかなか見つからなかった。

運命の日は2019年9月に訪れた。バストス氏とベネット氏は、すでに十回以上訪れたことのある園内の断崖にまた戻ってきた。この場所に古代の種子の堆積物があることはわかっていたが、まだ人類の足跡は見つかっていなかった。ただし、この日は風のおかげで、盛り上がった砂の中から間違いなく人類のものとわかる足跡が現れる。上部の砂の層を削ると、埋もれていた足跡の輪郭がうっすらと浮かび上がった。

「これを見てわたしたちは言ったんです。ビンゴだ、やったぞってね」と、ベネット氏は言う。

考古学者、地質学者、年代測定の専門家、地球物理学者、データサイエンティストからなるチームが結成され、バスケットボールコート半分ほどの広さの遺跡でさまざまな調査が行われた。発掘の結果、足跡を含む層準が8つ発見され、10代や子どもを中心とした最大16人が残した計61個の足跡が見つかった。複数の足跡の層準が、上下をカワツルモの種子を含む堆積物の層に挟まれていた。

種子の放射性炭素年代測定は、人類と動物たちがこの草むらの道を、2万3000年前から2万1000年前までの、少なくとも2000年間にわたって歩いていたことを示している。この年代が適用されるのはこの一カ所にある足跡だけであり、ホワイトサンズにあるほかの多くの足跡の年代は不明であることには注意してほしいと、ベネット氏は言う。それでも、それほど古い時代のものであることがわかったのは非常に大きな発見だ。そして、研究チームはこの主張がどれほど大胆なものかをよく理解している。

「われわれは何度も、それほど古い時代のものではないことを証明しようとしました。しかし、そうした結果はどうしても出なかったのです」と、国立公園局の文化資源主任研究員で、今回の研究の著者でもある考古学者ダニエル・オデス氏は言う。

発掘された地面に残る足跡を示す3次元(3D)モデル。地面の高さが色に対応しており、高くなるにつれて寒色から暖色に変化している(PHOTOGRAPH BY DAVID BUSTOS)

2万年前の氷の壁

世界が最終氷期最盛期(約2万6500年〜2万年前)に入ると、気温が低下し、成長する氷河に大量の水が閉じ込められたため、海面は現在よりも120メートル以上急低下した。おかげで現在のシベリアとアラスカを結ぶベーリング地峡など、多くの陸地が海中から出現した。研究者らはこのベーリング地峡が、人類が米大陸に進出するルートを提供したと考えている。

しかし気温が下がるにつれ、ローレンタイド氷床、コルディエラ氷床と呼ばれる2つの巨大な氷床が、現在のカナダを横断して成長し、おそらく2万3000年前頃までには、大西洋から太平洋までほぼひとつながりの氷の壁を形成した。多くの科学者は、この氷床が後退するまでは、人類が南下してカナダに進出することはできなかったと主張してきた。

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年代測定を揺るがす要素も
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