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慢性的ストレスは脳の大敵

メイヨー・クリニックによると、ストレスは「生きていく上での様々な要求に対する正常な心理的・身体的反応」である。言い換えれば、ストレスは自然な反応であり、悪影響だけでなく健康上の利点もあるということだ。体の闘争・逃走反応(ストレスに満ちた状況や、生命を脅かすような状況に不意に陥ったときに起きる一連の反応)は、例えば、捕食動物に追いかけられたときに素早く逃げるためや、暴漢に追いつめられたときに戦うため、大切な人を下敷きにした2トンの車を持ち上げるためなどに、必要なホルモンと化学物質の産生を促し、脳を活性化する。

ストレスは、生きるか死ぬかといった状況で役立つだけでなく、健康にとって有益な働きもする。適度なストレスは、行動を起こすモチベーションになり、仕事を達成するために必要な集中力を高める。また、ストレスの多い状況が終わると、私たちは満足感や達成感を覚える。

だがこの最後の文章で重要なのは、「ストレスの多い状況が終わる」という一節だ。ストレスの多い状況が終わらず延々と続くと、脳に悪影響が及ぶ。動脈の内壁にプラークが蓄積して動脈が狭まり長期的なダメージをもたらす上、ストレスのせいで首の筋肉が緊張するため、脳への血流がさらに減る。

慢性的なストレスがニューロンに恐ろしい影響を及ぼすこともある。強いストレスが長期間続くと、新たなニューロンが生まれなくなり、それどころか、既存のニューロンが死に始めてしまう。慢性的なストレスは、脳組織の老化ももたらし、脳震とうや神経変性疾患に似た形で、ニューロンの寿命を縮める。

ストレスの強い時期を生き延びたニューロンも、健康というわけではない。ストレスはニューロンを過剰に活性化する。この状態が続くと、新たなニューロンの経路が形成されて脳の働きが変わることもある。

環境ストレスにも注意が必要

ストレスについて語るのであれば、その影響に大きく関わるホルモンのコルチゾールに触れないわけにはいかない。私たちがストレスを受けると、コルチゾールが生成される。少量のコルチゾールは必ずしも有害ではなく、むしろいくらかメリットがある。しかし、多すぎるコルチゾールは、体重増加から睡眠障害、海馬の萎縮、集中力や記憶力の低下まで、様々な害を及ぼす。また、コルチゾールは、扁桃体を太らせ、その働きを強化する。扁桃体は脳の深部にあるアーモンド形の器官で、記憶に情動的な意味づけをする。扁桃体が大きくなり活発に働くようになると、人は恐怖と不安に対して敏感になる。

慢性的なストレスは、もう一つの悪影響を脳にもたらす。それは白質が増えることだ。白質は、脳の組織の半分を占める脂質の多い組織で、ニューロンの軸索(神経線維)が走行している。白質が増えると、灰白質のスペースが狭くなる。灰白質は、ニューロンの細胞体が集まっている領域で、体、情動、行動、感覚の情報はすべてそこで処理されている。白質と灰白質のバランスが崩れると、情動と認知の問題が生じることがあり、それらはストレスが消えた後も続く可能性がある。

多くの人はストレスの原因を、精神的に苦しい出来事や仕事上のプレッシャー、お金のやり繰り、子どもや家族の世話といった日常の問題と結びつける。だが、ストレスは別の形でも生じる。身体的なストレスは、関節炎、糖尿病、認知症などの病気がきっかけで生じることがあり、高血圧、食生活の乱れ、睡眠不足、慢性的な脱水によっても生じる。働きすぎや、逆に体を動かさないことも、慢性ストレスの原因になる。

さらに私たちは、精神的、情動的、身体的なストレスに加え、環境ストレスにもさらされている。環境ストレスの問題は、現代社会でますます大きくなっている。食べる物、飲む物、着る物、肌につける物、家庭やオフィスで使う物など、あらゆる物に化学物質が使われているからだ。呼吸する大気に含まれる汚染物質もストレスを増大させ、脳に害を及ぼし、認知機能の低下や認知障害のリスクを高めている。

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「血のめぐりを増やす」「ストレスを減らす」という二つを踏まえて、全3回連載の次回は、「10分で脳を活性化する10の方法」をお送りする。

クリステン・ウィルミアさん
脳神経科学者(Ph.D.)。神経内分泌学、神経生理学、神経遺伝学の研究に取り組む。ボストンカレッジで心理学の学位を、カリフォルニア大学ロサンゼルス校(UCLA)で生理学の修士号を、UCLAデビッド・ゲフィン医科大学院で神経生物学の修士号と博士号を取得。また、ロサンゼルスのシダーズ・サイナイ・メディカル・センターで神経学の博士課程を修了。脳機能の研究や治療で全米に広く知られるエイメン・クリニックで脳機能イメージングの研究部長を務め、NFL(ナショナル・フットボール・リーグ)選手の脳損傷の解明と治療に関する画期的な研究を行った。著書に『脳メンテナンス大全』がある。
『脳メンテナンス大全』
日ごろの手入れで、脳は見違えるように変わる!
 体のほかの部位や器官と同じく、脳もこまめに手入れをすれば見違えるように状態が改善され、発揮されるパフォーマンスが上がります。現在のコロナ禍で生じているストレスや不安は脳の健康を蝕(むしば)む大敵であり、今こそ脳のケアが求められています。
 本書の著者で脳科学者のクリステン・ウィルミア氏は、アメリカンフットボール選手の脳損傷の実態解明とその治療に関する研究で大きな注目を集めた気鋭の脳科学者です。彼女は豊富な治療経験から、「脳の構造は非常に複雑だが、脳を変えるのは簡単。ライフスタイルを少し見直せばいいだけ」と語ります。そのノウハウを凝縮した本書では、科学的に裏付けられた脳にいい食事、運動、サプリメントは何か、脳に有害なストレスの撃退法などを、分かりやすく、具体的に解説します。

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