2021/11/30

互いに抑制し合う「起きろ」と「眠れ」

脳内には覚醒を誘発する神経核(神経細胞の集団)と睡眠を誘発する神経核がある。過去の研究で両者合わせて10あまりの主要な神経核が見つかっている。神経核はそれぞれ固有の神経伝達物質を作り、さまざまな脳部位に放出することで睡眠と覚醒を誘発するが、GABAやガラニンなどはほかの神経核の活動を抑える神経伝達物質で、睡眠系と覚醒系の両方が放出して互いにせめぎ合っている(画像提供:三島和夫)

巧妙なことに、覚醒系と睡眠系の神経核群はお互いを抑制し合う関係にあることで、覚醒と睡眠が安定した状態に保たれる。このような睡眠と覚醒の関係は「フリップ・フロップ回路(flip-flop circuit)」と呼ばれる。フリップ・フロップは「ぎったんばっこん」に相当する擬音語で、覚醒系・睡眠系神経核群の活動はまさにシーソーでせめぎ合うような関係にある。また、朝型夜型のように睡眠・覚醒の時間帯には個人差があるが、その切り替えのタイミングは体内時計によって制御されている。

さて、睡眠と覚醒がシーソーのような関係にあるならば、それぞれ12時間おきに出現しそうなものだが実生活ではそうではない。睡眠時間に比べて覚醒時間は長く、私たちはおおよそ一日の3分の2を覚醒し、3分の1を眠って過ごす。ほかの動物も睡眠時間に長短はあるが、大部分の動物の睡眠時間は12時間を切る。

このことは睡眠に比較して覚醒を促す力が相対的に強いことを示唆している。強い覚醒力の神経メカニズムは完全には解明されていないが、覚醒系と睡眠系の神経核群の顔ぶれを見るとなぜ覚醒優位なのかその理由がおおよそ推測できる。

先に覚醒系と睡眠系の神経核群を合わせて10あまりの神経核が見つかっていると書いたが、興味深いのはその内訳である。なんと言っても覚醒系神経核はその数が多い! しかも、そうそうたるメンバーがそろっている。

例えば、意欲、快感、運動に関わるドーパミンを作る神経核。脳内のドーパミンを大幅に増やす代表的な薬物が覚醒剤で、快感と同時に強力な覚醒作用を発揮し、摂取した人間が眠らずに活動を続けるようになることからその名前が付いた。

ヒスタミンを作る神経核もある。ヒスタミンは体内でアレルギー反応や食欲の調節などに関わるが、脳内では強力な覚醒作用を発揮する。花粉症などでアレルギー治療薬である抗ヒスタミン薬を服用した後に眠気が強くて困った人がいると思うが、それは脳内に移行しやすい古いタイプの抗ヒスタミン薬が、ヒスタミンの覚醒作用をブロックするためである。

また、それ自身が覚醒作用を持つだけでなく、多数の覚醒系神経核の活動を下支えしているオレキシンを作る神経核。オレキシンは日本人が発見した神経伝達物質で、最近立て続けに登場した新たな睡眠薬はその作用を抑えることで効果を発揮する。

ほかにも、アセチルコリン(記憶や思考に関与)、ノルアドレナリン(情動興奮、血圧を上げるなどの交感神経の活性化)など、それぞれ覚醒作用がある神経伝達物質を作る神経核も覚醒系に含まれている。

このように覚醒系神経核群にはシーソーに有利な横綱、大関級が多数そろっているのに対して、睡眠系神経核はごく少ない。

また、覚醒系神経核は大脳皮質の活動を直接高めるのに対して、睡眠系神経核は覚醒系神経核の働きを抑えることで間接的に睡眠を誘発するため、何らかの理由(不安や恐怖、楽しみ事など)で覚醒系神経核が興奮すると抑えきれない可能性がある。

覚醒系神経核は数が多いだけでなく、その顔ぶれは非常に強力であり、少なくとも緊急時に覚醒状態を維持する必要がある際は大いに力を発揮する。睡眠系と覚醒系神経核が同等の力を持っていれば、緊急時であっても一日の半分は眠りに落ちてしまい、また眠りを細かく分断して周囲に注意を向けることも難しい。自然淘汰の厳しい生き残り競争ではそれは許されなかったのではないだろうか。

三島和夫
秋田県生まれ。医学博士。秋田大学大学院医学系研究科精神科学講座 教授。日本睡眠学会理事、日本時間生物学会理事など各種学会の理事や評議員のほか、睡眠障害に関する厚生労働省研究班の主任研究員などを務めている。『8時間睡眠のウソ。日本人の眠り、8つの新常識』(川端裕人氏と共著、日経BP社)、『睡眠薬の適正使用・休薬ガイドライン』(編著、じほう)などの著書がある。

(日経ナショナル ジオグラフィック社)

[Webナショジオ 2021年9月16日付の記事を再構成]