日経ナショナル ジオグラフィック社

2022/2/25
メキシコのプエブラ州トチミルコにあるエル・カルメン農場のアボカド農園で働く人々。温暖化と降雨パターンの変化により、メキシコの一部の地域では2050年までにアボカドの生産量が増加する可能性がある(PHOTOGRAPH BY JOSE CASTANARES, AFP VIA GETTY)

温暖化で栽培に適した地域が変わる

気候変動が農業に与える影響に関するモデル研究では、大豆、トウモロコシ、小麦など、収益性の高い作物が取り上げられることが多い。しかしグリューター氏は、小規模農家で栽培されるその他の作物の研究は、世界の食料供給を気候変動に備えさせる上で非常に重要だと指摘する。国連食糧農業機関(FAO)によると、小規模農家は世界の食料の3分の1を生産している。

今回分析された3種類の作物についての研究は、別の意味でも重要だ。トウモロコシや小麦とは異なり、これらの作物は収穫の何年も前に植え付けなければならないため、将来の栽培環境(気温や降雨パターンなど)を想定し、どの種類を栽培するかを決定しなければならないからだ。

世界はすでに産業革命前よりも1.1℃温暖化し、植物に熱ストレスを与えている。そのうえ、自然災害の深刻さも増している。2100年には、世界の気温は産業革命前より3度も高くなっている可能性がある。今回の研究では14種類のモデルを用いてシミュレーションを行い、温暖化ガス排出量を大幅に削減して気温上昇を1.6度に抑えた場合と、中程度の削減で2.4度に抑えた場合、ほとんど削減できずに4度を超えてしまった場合の3種類の気候シナリオで、作物の栽培環境がどのように変化するかを予想した。

予想結果では、各地域が3種類の作物の栽培にどの程度適しているかが示されている。適合度は「高い」「中程度」「低い」「不適」の4段階で評価され、灌漑(かんがい)や肥料に頼ることなく最高の収穫量をあげられるような土地が最適とされた。

3種類の作物のうち、未来の気候の影響を最も大きく受けると予想されたのはコーヒーだった。3つの気候シナリオのすべてで、50年にはコーヒーの栽培に最適な土地が50%も減少していた。ブラジル、ベトナム、インドネシア、コロンビアといったコーヒー生産国の年間平均気温の上昇が主な原因だ。

カシューナッツについては、減少の程度に大きなばらつきが見られ、激減する地域もあった。西アフリカのベナンでは、温暖化ガスの排出量を大幅に削減するシナリオでさえ、年間平均気温の上昇により、栽培に最適な土地は55%近く減少すると予想された。

一方、気候変動の緩和策をこれ以上講じなくても、減少は10%未満にとどまると予想された国もあった。しかし全体としては、米国、アルゼンチン、オーストラリアなどの比較的高緯度の地域で冬の気温が上昇することにより、カシューナッツの栽培に最適な土地が17%増加すると予想された。

ベナンのカシューナッツ加工施設の前に立つカシューナッツ農家のハフィズ・ジブリル氏。カシューナッツの大半がインド産だが、西アフリカの小国ベナンはアフリカ大陸を代表するカシューナッツ生産国の1つだ。この地位は温暖化により危うくなるおそれがある(PHOTOGRAPH BY MOHAMED BIO, AFP VIA GETTY IMAGES)

熱帯雨林で成長するように進化してきたアボカドについても結果がばらつき、主に降水量の変化に伴って、栽培の適合度に変化が見られた。気候が温暖化すると、大気中に水分がより多く保持されるようになるため、降雨量が増える。実際、温暖化する地域は50年までに降雨量が増えると予想されている。ドミニカ共和国やインドネシアなど、アボカドの栽培に最適な土地は世界中で14~41%減る一方、中程度に適した地域は12~20%増加すると予想された。

また、現在アボカドの生産量が世界1位のメキシコでは、50年までの排出量に基づき、栽培に最適な土地が66~87%も増えると予想された。

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未来の気候に合わせた食料生産