日経ナショナル ジオグラフィック社

2022/3/26

ゴフ氏ら研究チームは、死後に汚染される可能性が最も低い最も大きな骨を選び出し、その内部にある骨髄の電子顕微鏡画像を数千枚作成した。

現在の珪藻検査では、骨から骨髄を取り出し、化学薬品を使って珪藻を識別する。一方、ゴフ氏の顕微鏡を使用する方法では、骨髄はそのままの状態で、化学薬品の使用量も少なくてすむ。これによって、珪藻だけでなく、海洋に存在するさまざまな粒子も保たれる。ただ不思議なことに、コパカ1の遺骨から珪藻の化石は発見できなかった。その代わりに、通常の珪藻検査では検出されなかったと思われるほかの海藻、寄生虫の卵、堆積物などの海洋粒子が見つかった。珪藻が見当たらなかった正確な理由は不明だが、古代の溺死者をさらに調べれば見つかるのではないかとゴフ氏は考えている。

分析中、微細藻類(左)や寄生虫の卵(右)といった海洋粒子が発見された

研究チームはこの漁師が溺死したことは立証できたものの、近くで発見された2人の遺骨からは溺死の証拠を見つけられなかった。そのため、古代の津波ではなく、舟の事故で命を落とした可能性が高いと研究チームは考えている。

先史時代の人々が溺死したかどうかを判断できるようになったことで、津波の考古学研究は大きく前進するだろう。「沿岸部では先史時代の大きな共同墓地が確認されています。これらの人々がすべて溺死したとわかれば、おそらく津波で命を落としたと言えるでしょう」とゴフ氏は話す。「そのうえで、ほかの考古学的証拠に目を向ければ、先史時代の人々が世界の沿岸部でどのように生き、どのように死んだかをより理解できます」

漁師の遺骨を調べる研究者のジェームズ・ゴフ氏。科学者たちは法医学を応用したゴフ氏の手法を画期的と評価し、古代の津波の犠牲者を特定できるのではないかと期待している

ミノア噴火で起きた津波の犠牲者を調査

ナショナル ジオグラフィックのエクスプローラー(協会が支援する研究者)で、イスラエルのハイファ大学海洋地球科学教授であるビバリー・グッドマン・チェルノフ氏は、「津波は古代の沿岸地域に大きな影響を与えていたはずだが、それを確認するのは難しい」と述べている。グッドマン・チェルノフ氏のチームはすでに、約3600年前に起きたミノア噴火の後、津波で溺死した犬と人の骨に顕微鏡による珪藻検査を使う計画を立てている。

グッドマン・チェルノフ氏によれば、津波の犠牲者は溺死したとは限らず、例えば、津波中の打撲が死因と思われるケースもある。それでも、顕微鏡による珪藻検査はパズルを埋めるうえでの重要なピースになるだろう。「共同墓地の場合、津波があったと主張するには、いくつもの証拠を集める必要があります」とグッドマン・チェルノフ氏は話す。「津波が発生したと解釈するうえで、この珪藻検査は間違いなく貢献してくれるでしょう」

(文 TOM METCALFE、訳 米井香織、日経ナショナル ジオグラフィック社)

[ナショナル ジオグラフィック ニュース 2022年3月1日付]