日経ナショナル ジオグラフィック社

2021/12/24

「足跡の主はクマ」説

5つの足跡化石はタンザニア北部の「ラエトリ遺跡」で見つかった。ここは火山灰が堆積した場所で、はるか昔はゾウやサイの仲間から小さなホロホロチョウまで、様々な動物が歩いていた。リーキー氏らは、遺跡の中の「サイトA」と呼ばれる場所で奇妙な足跡を発見した。

だが、発見からわずか2年後には科学者から注目されなくなってしまった。すぐ近くで、保存状態の良いアファール猿人の足跡が発見されたからだ。サイトAの交差する足跡について、1980年代の分析では、クマが直立歩行をしたときに残したものではないかとされ、科学者の関心はさらに薄れた。

マクナット氏がこの奇妙な足跡の存在を知ったのはさらに数十年後だった。氏は博士論文を執筆するために、ヒトのかかとの蹴り出しの進化について、クマをモデル動物に用いて研究していた。つまり、どんな動物がラエトリ遺跡の足跡を残したのかを調べるのに最適な立場にあったのだ。

マクナット氏は、アメリカクロクマの保護活動をしている米キルハム・ベアセンターのキルハム夫妻と共同で、野生のアメリカクロクマの歩き方を調査した。彼らは約51時間分のビデオを分析し、クマが二足歩行することは非常にまれであるという結論に達した。

ラエトリ遺跡の足跡は、4歩続けて二足歩行したことを示しているが、クマが4歩続けて二足歩行する確率はわずか0.003%だ。「つまり、ありえません」とマクナット氏は言う。

若いオスのアメリカクロクマの左足の足跡。米ニューハンプシャー州ライム、キルハム・ベアセンター(PHOTOGRAPH BY ELLISON MCNUTT)

足跡の主の正体を探るため、研究チームはラエトリ遺跡に戻り、再び足跡を見つけて発掘した。ある意味、リーキー氏の足跡をたどるような調査だったと、論文著者の1人である米コロラド大学デンバー校のチャールズ・ムシバ氏は言う。氏は学部生の頃にリーキー氏の指導を受けていた。

「遺跡を訪れたとき、いろいろな感情が沸き上がりました」とムシバ氏は言う。足跡を発見し、分析したときのリーキー氏らはどんなことを考えていたのだろうかと、ムシバ氏は作業しながら想像していたという。

今回の調査は21世紀の技術を駆使して行われた。チームはレーザースキャンと3D写真測量法を使って個々の足跡を記録し、ラエトリ遺跡の他の足跡や、タンザニアのエンガレ・セロ遺跡で最近見つかった足跡化石、さらには現代のヒトやクマやチンパンジーの足跡の測定値と比較した。

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