
古い酒場のすりへった床は、歩くたびにぎしぎしと音を立てる。屋外では、馬の駆ける足音が砂漠の静寂を破る。古き西部開拓時代を再現した町の人影のない店や廃屋は、まるで無法者たちに荒らされた直後のようだ。
「子どもの頃からの夢でした」と元俳優・スタントマンのラファエル・モリーナさん(68歳)は言う。「映画のセットをこの目で見たいと、あこがれていました。今では、西部劇史上最も有名なセットのひとつが私のものになりました」
モリーナさんは、この「フォート・ブラボー(ブラボー砦[とりで])」という映画村を、1970年代の終わりに購入した。だが、ここは米国のモンタナ州でもテキサス州でもなく、スペインだ。アンダルシア地方アルメリア県のタベルナスという小さな町と周囲の砂漠には、西部開拓時代の町を再現した3つの映画村がある。モリーナさんが購入した「フォート・ブラボー」はそのひとつだ。


アルメリア県の岩が多い山地や乾燥した平原、雨が少ない峡谷は、1950年代後半から170本を超える西部劇のロケ地として利用されてきた。名作『続・夕陽のガンマン』(原題:The Good, the Bad and the Ugly、1966年)や『ワンス・アポン・ア・タイム・イン・ザ・ウェスト』(原題:Once Upon a Time in The West、1968年)も、この地で撮影された。
荒涼たるタベルナスは、沿岸の県都アルメリアから車で30分ほど北上したところにあり、『インディ・ジョーンズ』や『ゲーム・オブ・スローンズ』など、映画やテレビドラマ・シリーズの撮影にも利用されている。最近では、現代西部劇の監督だけでなく、この地方の伝説や風景を楽しみたい旅行者も、タベルナスを訪れるようになった。
カウボーイ役のコミュニティー
モリーナさんは、タベルナスのカウボーイ役者やスタントマンの小さなコミュニティーに属している。メンバーは、1950年代の撮影初期から映画やテレビドラマに出演した経験があり、殴り合いから馬による引き回しまで、何でもこなすことができる。