日経ナショナル ジオグラフィック社

自然とともに生きる

奇妙なことに、もうすぐ海に沈もうとしている国にしては、海面上昇がモルディブの人々の日常的な話題に上ることはほとんどない。国民は、この問題を政治家や活動家に任せているのだ。敬虔(けいけん)なイスラム教国で、運命はアラーの手に委ねるという人が多い。また、気候変動が問題になる以前から、海が脅威になりうることを人々は理解していたということもある。04年のスマトラ島沖地震による津波では、モルディブでも約100人が死亡した。

より良い暮らしを求めて島から島へ移り住むのは、昔からよくあることだった。住みづらくなった島は放棄され、新しい島を見つける。「モルディブ人にとって、船に乗り島から島へと移住することは、生活の一部なのです。数百年間そうやって生きてきました」と、歴史家のナシーマ・モハメド氏は書いている。それは、「海と調和した」海の人々の生き方だ。

マレにあるイスラム教のオールド・フライデー・モスクで祈るフサイン・マニクさん(51歳)。このモスクや、その他島にあるモスクは、丈夫なサンゴの岩を使って建てられた(PHOTOGRAPH BY MARCO ZORZANELLO)
オールド・フライデー・モスクの、サンゴの板に彫られたコーランの碑文(PHOTOGRAPH BY MARCO ZORZANELLO)

フェリドゥー島で生まれ、マレで公務員として働いていたアブドゥル・シャクール・イブラヒムさん(72歳)は、定年後、夢にまで見ていた故郷へ戻ってきた。

そのフェリドゥー島も、自然の変化と人為的変化を経験している。海面上昇の影響も大きいが、島に港を建設したことで、「固く動かない障壁が海中に築かれ、海流の自然な動きが阻害されて、本来あるべきでないところに砂が堆積している」と、イブラヒムさんは言う。

島を案内してくれた人類学者のサイード氏もまた、同じ懸念を抱いている。彼女はヤシの繊維で作られた吊(つ)り椅子に座って、モルディブが直面する海面上昇、人の移動、気候変動、都市化など、あらゆる変化とリスクについて語ってくれた。と同時に、国民はみな、自分たちの住む場所が永遠ではないということを本能的に理解していることも強調した。

「私たちと海との関係を理解しなければわかってもらえないでしょう。私たちモルディブ人は、海とその生物と共存し、彼らの危険や不安を自分たちのものとしています。島は永遠に存続するものだという考え方は、自然に反しています」

(文 TRISTAN MCCONNELL、写真 MARCO ZORZANELLO、訳 ルーバー荒井ハンナ、日経ナショナル ジオグラフィック社)

[ナショナル ジオグラフィック 日本版サイト 2022年1月26日付]