
「一番心が穏やかになるのは、海に出ているときです」。モルディブの人類学者ソイバ・サイード氏は、モーターボートに乗る直前、私にそう語った。
ボートはガラスのように透明なインド洋をすべるように走り、小さな島フェリドゥーへ向かう。砂浜に縁どられた島々の間を進み、立ち並ぶリゾートヴィラの前を通過する。穏やかなうねりの中でイルカの群れが遊び、トビウオが水面から高く飛び上がった。

インドの南西に位置する島国モルディブは、26の環礁とそこに浮かぶ1196の島々から成る。そのほとんどは、海面からやっと顔をのぞかせている程度の低く平たんな島々だが、人々はここで2500年前から海とともに生き、文化とアイデンティティーを築いてきた。
モルディブと言えば美しいビーチリゾートで知られるが、この国は今、海面上昇により海に消える世界最初の国になるかもしれないという脅威に直面している。今回、サイード氏の案内で訪れたフェリドゥー島も、例外ではない。すでに、島の暮らしや文化にその影響が表れ始めている。

人工島を造成、海上住宅も
気候変動のペースが加速するなか、モルディブは、世界各国による二酸化炭素(CO2)排出の削減に期待をかけつつ、できるだけ時間稼ぎをしようとしている。巨額の国家予算を投じて、55万5000人近い国民の大部分が住むことのできる人工島を造成し、その未来を託そうというのだ。その他にも、オランダの設計会社が5000戸の海上住宅の建設を計画している。
ずいぶんと過激な対応のように思われるかもしれないが、そこまでしなければならないほど、モルディブは追い詰められている。イブラヒム・モハメド・ソリ大統領は2021年秋、英スコットランドで開催された国連気候変動枠組条約第26回締約国会議で、「1.5度と2度の差は、モルディブにとっては死刑宣告に等しいのです」と演説した。



モルディブがこのように訴えるのは、今回が初めてではない。10年前にも、ソリ大統領の前任のモハメド・ナシード元大統領が海中でスキューバダイビングをしながら閣議を開き、その数年後には全国民をオーストラリアへ移住させることを提案した。