日経ナショナル ジオグラフィック社

2022/1/30

近くのエクス・アン・プロバンスにあるパスティス専門店「ラ・パスティスリー」のオーナー、ダビッド・ガブリエリアン氏は、あまり知られていない銘柄のパスティスの紹介に力を入れている。こぢんまりとした店内には、フランス各地から仕入れたパスティスが並び、ガブリエリアン氏も独自のブレンドを作っている。

「市販されている銘柄以外のパスティスを知ってもらいたいのです。ほとんどの人は最初、大手の銘柄しか知らず、パスティスは好きではないと言う人もいます。でも、アンリ・バルドゥアンを試してもらうと、すぐに気に入って、もっとパスティスに興味を持ってくれます。帰りにはたいてい3、4種類を買っていかれますよ」

店にはひっきりなしに客が訪れており、多くは30代以下のカップルだ。「パスティスというと、ベレー帽をかぶったおじいさんといったイメージがありますが、最近は女性や若い人も増えてきました」とガブリエリアン氏は話す。

ラ・パスティスリーの棚には、ディスティラリー・ドゥ・ラ・プレーヌのパスティスも置かれている。ギヨーム・ストリブレ氏が経営する、マルセイユの裏通りにある小さな蒸留所だ。

イル・ド・ベンドールの海辺で、遠くにバンドールの街を眺めながら飲むモレスク。モレスクは、パスティスにオルジャと呼ばれる甘いアーモンドシロップを加え、たっぷりの水で薄めたカクテル(PHOTOGRAPHS BY CLARA TUMA)

チョコレートのように滑らか

「なにか違うことをしてみたかったのです。ウイスキーを作ろうと思っていましたが、それには数年かかるため、まずはパスティスを作ろうと始めたら、これがとても順調で、ウイスキーを作る余裕はなくなってしまいました」。こう話すのは、以前は建設業界にいたというストリブレ氏だ。

ストリブレ氏は、2種類のパスティスを製造している。一つは標準的なブレンドで、もう一つは変わり種と言っていい。「標準的なパスティスよりもハーブや花の香りを強くしています」とストリブレ氏は言う。「定番のアニス、フェンネル、リコリスも入っていますが、そこにバーベナや、お茶やコーヒーに似た飲料のイエルバマテを加えています」

こうして出来上がったのが、チョコレートのように滑らかで、スペアミントに似たバーベナの優しい香りが漂う極上のパスティスだ。「氷をひとつだけ入れてじっくりと味わうのがおすすめです。パスティスが苦手という人も、これは気に入ってくれますよ」

最後に、最初から食後酒として作られたパスティスを紹介しよう。生みの親は、マルセイユ近郊オーバーニュにあるシャトー・デ・クリソーの醸造所メゾン・フェロニのギヨーム・フェロニ氏だ。ここではさまざまな蒸留酒が製造されているが、彼の作る最高級パスティスは、2年間熟成させた後、「ビンテージ」として発売される。

蒸留所にある涼しい石造りのセラーのカウンターで、フェロニ氏が、テイスティング用にストレートで注いだパスティス・ミレジメ2018を手渡してくれる。滑らかなキャラメルの香りがするこの黄金のリキュールは、ほかのパスティスとは一線を画する。甘く、リコリスのきつさはまるでなく、いくつもの植物から生み出される味わいはまろやかだ。フェロニ氏は、乾燥させたものではなく、太陽が降り注ぐシャトーの庭で栽培された新鮮な葉を使っている。

「パスティスとして認められるためには、アニスとリコリスが一定量配合されていなければなりませんが、わたしたちは法律で定められた最低限の量を使い、ほかのフレーバーでその風味をさらに引き出しています」とフェロニ氏は言う。「しかし、アネトール(アニスの成分)が少ないせいで、ほかのパスティスほどは濁りません」

このように、パスティスはとても多様性を秘めた酒だ。しかし、パスティスを満喫するには、やはり伝統的な作法が不可欠なのではないだろうか。それを確かめるには、マルセイユ旧港にあるバー、ラ・カラベルのバルコニーまで出かけ、アンリ・バルドゥアンを飲んでみよう。そこにはアニシードの風味からパスティスの作法、そして何より重要なプロバンスの太陽まで、必要なものがすべてそろっている。

エクス・アン・プロバンスのラ・パスティスリーは、あまり知られていない銘柄のパスティスを取り扱っている(PHOTOGRAPH BY CLARA TUMA)

(文 CAROLYN BOYD、訳 北村京子、日経ナショナル ジオグラフィック社)

[ナショナル ジオグラフィック 日本版サイト 2021年12月29日付]