日経ナショナル ジオグラフィック社

2022/1/30
オーバーニュ、シャトー・デ・クリソーの庭でローズマリーを摘む職員。新鮮なハーブはパスティスの風味を際立たせる(PHOTOGRAPHS BY CLARA TUMA)

地元の羊飼いからパスティスの存在を知ったリカールは、自らハーブの調合を試すようになった。「自分で作ったものをバーに持っていき、強すぎる、甘すぎるなどの意見をもらうのです。1932年にアニスを使った酒が解禁されるころには(フランスではアブサン禁止令はさらに80年以上続いた)、リカールはパスティスの調合を完成させ、市場もそれを待ち望んでいました」

「第2次世界大戦中には再度禁止令が出されましたが、これが解除されたとき、今度はペルノ社がオリジナルの銘柄『パスティス51』を発売。ちなみにリカールとペルノが出したパスティスはライバル関係にありましたが、1975年に両社が合併して誕生したのが現在のペルノ・リカール社です」

パスティスは人気を博しリカールも富を得た。リカールはマルセイユの南東40キロに位置する島、イル・ド・ベンドールとイル・デ・ザンビエを買い入れた。1966年、リカールはイル・デ・ザンビエに「海洋観測所」(現在の名称はポール・リカール海洋学研究所)を設立した。また、イル・ド・ベンドールには、リカールの絵画作品(主に家族の肖像画)を展示するギャラリーと、ワインや蒸留酒の博物館がある。博物館には、1811年にナポレオン・ボナパルトに贈られたコニャックをはじめとする、8000本以上ものコレクションが収められている。

土地の風味を引き出してくれるパスティス

ところで、ポール・リカールがパスティスを商品化するはるか以前から、マルセイユ付近の丘陵地帯の岩場に育つハーブ類(総称して「ラ・ガリーグ」と呼ばれる)は、医療目的で調合されていた。11世紀、リュール山のふもとにあるフォルカルキエ村は病が治る場所として評判が高く、一帯は何世紀にもわたり薬師や薬屋が多いことで知られていた。19世紀には、ここには数十カ所にのぼるアブサンの蒸留所があった。

古くからある蒸留所の一つがディスティレリ・エ・ドメーヌ・ド・プロバンスであり、ここでは職人醸造家が作るパスティスの中でも人気の銘柄アンリ・バルドゥアンが製造されている。アンリ・バルドゥアンには、浸漬(しんせき)または蒸留されたハーブやスパイスが65種類以上含まれている。

「バルドゥアンは、リュール山のハーブを使ってリキュールを作るのが好きでした」と、1974年に醸造所を引き継いだアラン・ロベール氏は言う。ここで使われているスパイスは遠方から運ばれてきたもので、リコリス(甘草)はトルコ、カルダモンはインド洋諸国、トンカ豆はガイアナ産だ。

こうして生み出されたブレンドは、丸みを帯びた複雑な風味を持つ。もちろんアニスは強いが、ほかのハーブやスパイスとのバランスは絶妙だ。アンリ・バルドゥアンはワインのようにどんな食事にも合い、「この土地の風味を引き出してくれるのです」とロベール氏は話す。

ギヨーム・フェロニ氏が手にしているのは、スターアニス(八角)とリコリス(甘草)。どちらのハーブもメゾン・フェロニで作られるパスティスの主要な原料だ(PHOTOGRAPHS BY CLARA TUMA)

パスティスの楽しみ方は、単にプロバンス料理に添えて飲むだけではない。パスティスを使った料理を考案する地元シェフたちもいる。サント・ビクトワール山麓の村ボールクイユにある家族経営のレストラン、ラ・ターブル・ドゥ・ボールクイユのシェフ、ルネ・ベルジュ氏もパスティスを使った料理を考えた(サント・ビクトワール山はセザンヌ、ピカソ、カンディンスキーといった画家たちにインスピレーションを与えたと言われることでも有名)。

ハワイアンシャツに身を包み、タータンチェックのフレームのサングラスをかけたベルジュ氏は、自分の料理には周囲の環境が反映されていると語る。「わたしは地元の産物を料理と結びつけるのが好きなのです。たとえばラベンダーを魚に、タイムやローズマリーをスフレにといった具合です」

フェンネルとヒメジにパスティスを効かせたソースを添えた一品を食べながら、ベルジュ氏はパスティスを使った料理のコツを説明する。「パスティスが主役にならないよう、軽めに使います。それから、パスティスでフランベ(酒を料理にかけ、火を付けてアルコール分をとばす調理法)をするのは厳禁です! 派手な演出のためにやるレストランもありますが、あれではせっかくの風味が飛んでしまいますから」。

パスティスと相性が良い食材は何だろう? 「いちばんは魚ですね。ブイヤベースによく合います。最後にパスティスを加えることで、すべての味が引き立ちます。デザートにも最適で、フローズンスフレに入れたり、アプリコットと一緒に使ったりします」

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