賀来賢人さん『TOKYO MER』医系技官に学ぶキャリア道
季節は移り変わり、秋ドラマを楽しむシーズンを迎えました。そうしたなか、7月期ドラマ『TOKYO MER~走る緊急救命室~』(TBS系)が米ウォルト・ディズニーの動画配信サービス「Disney+(ディズニープラス)」で、日本のドラマとしては初めて世界配信されることが話題となりました。[以下、ドラマの内容や結末について触れている記述もあります]
このドラマで、厚生労働省からMER(モバイル・エマージェンシー・ルーム)に派遣された厚生労働省の医系技官(医師免許を持つ技術系行政官)の音羽尚を演じたのが、賀来賢人さんです。TOKYO MERとは、ドラマのなかで東京都知事の命で新設された救命救急チームの名称。最新の医療機器とオペ室を搭載した大型車両でこの救命救急チームが大きな事故や災害の現場に駆けつけ、命を救うためにリスクを背負いながらも活躍していく姿を描いた物語です。
最終話は、そのMER存続の可否の決定を下す最終審査会が開かれ、大物政治家である与党・民自党の幹事長らの策略により、MERが解体の道をたどろうとしているという内容でした。賀来さんが演じた音羽は解体に向け、存在意義の有無について証言する役目を担うことになります。医師であり官僚でもある音羽は、存続と解体の間で常に揺れ動いてきました。組織人として生きようとしながら葛藤する音羽の苦悩を見事に表現していた賀来さんに対し、ツイッター上では「音羽先生そのものにしか見えない」などと、高評価の声が上がっていました。
力を得るためには多少の妥協も必要
ドラマの主人公であるスーパー救急救命医・喜多見幸太は「待っているだけじゃ、救えない命がある」という信念と理想を抱き続ける人物でした。
これに対して音羽は、組織のなかで自身や周囲の立場を常に考えながら立ち回る中間管理職的な役どころ。ビジネスパーソンにとって、最も共感しやすい登場人物だったように思います。
音羽は誰もが安心して暮らせる医療体制を整備するために、まずは官僚として出世し、決定権を持つ役職に就くことで、理想的な社会を築こうとしています。そのためには、自身が力を得ることが最善策であり、権力者になびくことも、多少の妥協も必要であるという考えの持ち主です。
正義感を押し殺し、権力者側につきそうになる場面も多々あり、そうした状況になる度に、音羽が苦悩する様子も描かれていました。仲間を危険にさらすなかでの救命活動が本当に正しいのか、という迷いも持ち続けていました。
自分を曲げざるを得ない場面も
正義を貫く善人・味方側だった人物が悪人・敵側(ダークサイド)へ落ちることを「闇落ちする」と言いますが、社会派ドラマでは、重要人物が闇落ちすることも少なくありません。
このドラマのなかでは、エリオット・椿というテロリストが喜多見をダークサイドへ引き込むために、喜多見の最愛の妹を殺害するというひどい仕打ちを仕掛けてきます。それでも、喜多見が闇落ちすることはありませんでした。喜多見の妹に好意を抱いていた音羽も、警察に撃たれ瀕死の状態となった椿の命を救うために全力を尽くします。
ドラマの序盤では、組織の歯車のなかで自分を押し殺していた音羽。MERチームのメンバーとともに救命活動をしていくなかで、「長いものには巻かれろ」との考え方が徐々に変化していきます。
しかし、2人とも闇落ちせず、自分が正しいと思う選択をし、自身の正義を貫き通しました。
闇落ちという表現は大げさかもしれませんが、どのような業界やビジネスであっても、誰かになびいたり妥協したりする形で自分を曲げざるを得ない場面も多々あることでしょう。
それは組織における協調性やバランス力でもあるため、ビジネスパーソンとして必要な能力やスキルであるともいえます。ですが、明らかに正しくない事柄に同調したり、自分を曲げ続けていたりすると、望まない道を進んでいくことになりかねません。
このドラマにおいても、MERを解体に導くために設定された最終審査会にて、解散に導くような本意でない発表をするよう民自党幹事長から命令された音羽が、もしそれに従っていたら……。きっと、自身が望まぬ道を進むことになったでしょう。
最終的に迷いを捨てた音羽は命令に逆らい、MERを存続させるべきだと力強く訴える道を選択しました。その訴えは、ドラマのなかで医師でもあるという設定の厚生労働大臣の心を動かすきっかけとなりました。
共通項見いだし、共感値高めたメッセージ
ビジネス社会において何かを訴えるとき、一方的な思いを述べるだけでは他者にはなかなか伝わりにくいものです。相手の真意を読み解くなかで、自分と相手の共通項を見いだし、共感値を高めると、メッセージの本質がより伝わりやすくなります。
この場面での音羽と厚労相との共通項は「人の命を救う医師である」ということでした。音羽はその共通項を心の奥底で意識し信じていたからこそ、降格となるリスクも背負った上で、命令に歯向かい、正しいと思う進言をしたのです。
その結果、厚労相は悪徳政治家である民自党幹事長に逆らう決意をし、MERの活動継続を決定します。その決定の背景には、命がけでMER存続を望む東京都知事の姿勢と、自身同様に医系技官である音羽の正義と情熱を目の当たりにしたことがありました。その証拠に、ドラマのラストで、音羽は厚労相や都知事が見守るなかでMER統括官に昇進しています。
ビジネスパーソンにとっては、希望がにじむエンディングでもありました。そして、ゆがんだ組織の狭間で立ち回り続けた音羽が地位を得た姿がとても印象的でした。
他者への伝え方のポイントを押さえた上で、自分が正しいと思う主張と選択をし、自身のあるべき姿を目指していきたい――。音羽のキャリア道を通して、そんなメッセージをくみ取ることができたように思います。
経済キャスター。国士舘大学政経学部兼任講師、早稲田大学トランスナショナルHRM研究所招聘研究員。JazzEMPアンバサダー、日本記者クラブ会員。多様性キャリア研究所副所長。地上波初の株式市況中継番組を始め、国際金融都市構想に関する情報番組『Tokyo Financial Street』(STOCKVOICE TV)キャスターを務めるなど、テレビ、ラジオ、各種シンポジウムへ出演。雑誌やニュースサイトにてコラムを連載。近著に「資産寿命を延ばす逆算力」(シャスタインターナショナル)がある。
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