目上の人へ対等にものを言う若者には注意

遣唐使は相当危険な任務だったようです。実際『新 もういちど読む 山川日本史』(山川出版社)によると、717年に遣唐使で唐に渡った阿倍仲麻呂は35年間唐に滞在し、様々な知識を身につけたにもかかわらず、帰路の船がなぜかベトナムに漂着してしまい、そのまま唐へ後戻り。結局、生涯を唐で終えることになります。

このケースからも分かる通り、今回のプレスリリースのような甘い話ではなく、相当の覚悟が求められる危険な役目だったと言えます。少なくとも、船酔いする人は間違いなく遣唐使には向いていなかったでしょう。

もう一つ免責事項の中に、あまりはっきり言っていないことがあります。日本国内では、遣唐使は唐に対して対等な態度を取っていることになっていたようですが、唐では属国が服従の印に謁見をする「朝貢」とみなしていたようです。このコミュニケーションギャップを、どのように埋めていたのかとても不思議です。

読者の皆さんの中には、「最近の若いやつらは目上の人にも対等にものを言う」と嘆く方もいるかと思います。そういうタイプの若者は、すべての時代に一定数存在したと私は考えています。状況をあまり分かっていない新人遣唐使が皇帝に対等な口をきいて、ベテランが懸命にごまかすも、とうとう逆鱗(げきりん)に触れてしまい、もはや国ごと滅ぼされてもおかしくないくらい皇帝が大激怒……。コントとしてはかなり質の高いシナリオですが、実際は笑えなかったでしょう。

「唐かぶれ」のイラッとするやつがいたかも

日本の国がこうまでして遣唐使(遣隋使)を派遣する背景には、進んだ技術や文化を取り入れるという狙いがありました。この時代、「天平文化」といわれる中国の影響が強い文化が発達します。さしずめ戦後の日本がアメリカの影響を受け、アメリカナイズされた文化が広がったことと似ているでしょう。

戦後間もなく、進駐軍のキャンプで聴いたジャズやブルースの虜(とりこ)になった若者がいました。そんな彼らから出てきた音楽がグループサウンズ、ロック、歌謡曲でした。今私たちが聞いているJ‐POPの草分けとなるようなカルチャーですね。しかしこれは同時に、アメリカ通を鼻にかけた「アメリカかぶれ」と呼ばれる“いけすかない野郎”を生み出すことにもなりました。

そうなると気になるのが、遣唐使の時代にも「アメリカかぶれ」に相当する「唐かぶれ」のような、いけすかない野郎がいたのかということです。残念ながら私の乏しい知識では、そんな人がいたという痕跡は発見できませんでした。しかし「俺が長安にいた頃は~」とか、「あ~それ、唐で見たことあるわ~」など、いちいち鼻につくもの言いをする若者もいそうな気がします。あるいは遣唐使経験者同士で「どこそこの高僧の教えを受けたんですー」「あー、俺唐にいたときその人と超仲良しで、しょっちゅうご飯に行ったわ」のような醜いマウントの取り合いがあったかもしれませんね。

否、否、否。遣唐使といえばエリート中のエリート、そんな醜悪な俗物はいなかったと信じたい。遣唐使出身の有名人といえば、山上憶良、吉備真備、玄昉、最澄、空海など、我が国の知の巨人と言ってよい人ばかりです。

遣唐使は894年に菅原道真が派遣の中止を提案し、その歴史に幕を閉じます。理由は唐の衰退だったといわれています。そして、ついには907年に唐は滅亡し、ここに遣唐使というシステムは終わりを迎えます。

それは1970年代のベトナム戦争の泥沼化や、オイルショックにより燃費の悪いアメリカ車は日本車に大きくシェアを奪われるなど、強く豊かなアメリカの終焉(しゅうえん)と、少し重なるような気もします。盛者必衰――そんな言葉が思い浮かぶ、遣唐使の終わりです。

新刊『もし幕末に広報がいたら 「大政奉還」のプレスリリース書いてみた』
2021年12月20日発行
連載「風雲! 広報の日常と非日常」でおなじみの現役広報パーソン・鈴木正義氏による初の著書。「プレスリリース」を武器に誰もが知る日本の歴史的大事件を報道発表するとこうなった! 情報を適切に発信・拡散する広報テクニックが楽しく学べるのはもちろん、日本史の新しい側面にも光を当てた抱腹絶倒の42エピソード。監修者には歴史コメンテーターで東進ハイスクールのカリスマ日本史講師として知られる金谷俊一郎氏を迎え、単なるフィクションに終わらせない歴史本としても説得力のある内容で構成しました。 あの時代にこんなスゴ腕の広報がいたら、きっと日本の歴史は変わっていたに違いない……。

(NECパーソナルコンピュータ 広報 部長 鈴木正義)

[日経クロストレンド 2021年12月23日の記事を再構成]

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