日経ナショナル ジオグラフィック社

2021/10/23

全般的にヨーロッパ諸国は、15年に始まり現在も続く難民危機において、殺到する難民の受け入れを続けることには消極的だ。

だがドイツは、自国生まれの人口が減少するなかで労働力と工業生産を強化するため、移民や難民を活用してきた。毎年、イラク、シリア、アフガニスタンから来る数万人の難民だけでなく、数千人のインド人がIT技術者としてドイツにやってくる。彼らは、急増する「アジア系ヨーロッパ人」を象徴する存在だ。いつの日か、米国に居住する2000万人のアジア系米国人を人口で上回るかもしれない。

気候オアシスの誘因力

気候オアシスへの移住者は、元の住民が放棄した地域に住むこともある。

一例として、トルコ東部の高原地帯が挙げられる。かつてメソポタミア文明を育んだチグリス川とユーフラテス川の源流がある辺りだ。冷涼で緑豊かな地域だが、この20年間で若者たちが活気ある西方のアンカラやイスタンブールに出て行ったため、衰退してしまった。

一方、川の下流のシリアやイラク、イランでは、焼けつくような暑さと慢性的な干ばつによって、人々の生活は困窮している。絶望し不満を募らせ、都市部に流入した農民らの抗議運動は、シリア内戦の引き金となった。

ゆくゆくは、これらの国々の人々が北方に移動して、トルコの人々が放棄した気候オアシスに住み着き、さらには水が豊富なカフカス山脈地方にまで北上する可能性もある。

気候変動は、国境をまたぐ移動だけでなく、国内の南北の移住も確実に加速させるだろう。

例えばインドでは、この10年間に1000万人以上が、清浄な空気と好条件の仕事を求め、ウッタル・プラデーシュ州をはじめ人口が過密した北部の州から南部に移り住んだ。だが19年6月、人口が急増した南部タミルナドゥ州のチェンナイ市は深刻な水不足に陥り、給水タンクを列車で次々と運び込まなければならなくなった。

「半島状のインド南部の州よりも、インダス川、ガンジス川、ブラフマプトラ川などヒマラヤを源流とする川(がある北部)のほうが、水はずっと豊富なのです」と、インド屈指のシンクタンク、オブザーバー・リサーチ財団(ORF)の開発調査責任者ニアンジャン・ゴーシュ氏は説明する。「治水や水質汚染対策も、北部の州に集中しています」

ヒマラヤの氷河は融解し続けており、特にインダス川からの長期的な水の供給は危ぶまれているとはいえ、これらの状況はすべて、南部に移住した人々が、水の供給が安定している北部に戻ってくる可能性を示唆している。

インド北部のラダック地方にあるギャ村で、インダス川につながる氷河の融解水流を渡る児童たち。チベットを源流とするインダス川は、インド最北部の乾燥した高山地帯であるラダック地方を通り、パキスタンへ流れる。気候変動の影響で氷河の融解が加速し、インダス川で危険な洪水が発生している(PHOTOGRAPH BY BRENDAN HOFFMAN, NAT GEO IMAGE COLLECTION)

新型コロナウイルスの流行は、こうした回帰現象に拍車をかけた。大都市で失業した未熟練労働者が故郷の村に戻り、農業で生計を立てようとする動きが生まれているのだ。ビハール州では20年、トラクターの売り上げが過去最高となった。かつてインドで最も貧しかったビハール州だが、現在は豊かな穀倉地帯に急成長しつつある。

政策も移住の一因となっている。19年、モディ政権が(イスラム教徒が多く住む)北部のジャンムー・カシミール州の自治権を剥奪すると、ジェントリフィケーション(再開発による地域の富裕化)計画が加速した。ホテルや不動産業界は、清浄な空気や水を求める中流階級のヒンドゥー教徒を誘致しようと次々に土地を取得している。

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大規模な再定住計画の策定を