日経ナショナル ジオグラフィック社

紀元前13世紀の「アニの死者の書」の一場面。カバの姿で描かれた女神オペトが供物の祭壇の前にいる。その後ろには、女神ハトホルを連想させる雌牛が、生い茂るパピルス草の中から出てきている。どちらも2本の角の間に太陽の円盤が見える。ロンドン、大英博物館(BRITISH MUSEUM/SCALA, FLORENCE)

セクメトのことを気に入っていたアメンホテプ3世は、紀元前14世紀にテーベに建設された自身の巨大な葬祭殿のために、この女神の石像を730体も作らせた。エジプト学者らは、ファラオがこれほど多くの像を作らせたのは、セクメトの恐ろしい性質をなだめるためと、その保護の力を引き出すためだったと考えている。

セクメトと混同されることもある、また別のネコの女神にバステトがいる。バステトは下エジプトのブバスティスを中心に信仰されていた。ときに太陽神ラーの化身である聖なるネコ、マウとして描かれるバステトは、手にナイフを持ち、邪悪な蛇アポピスを殺している姿で知られる。どう猛さと親しみやすさを兼ね備えたセクメトとバステトは、ネコの性格の矛盾を体現する存在として、互いに結びつけられるようになっていった。やがて、セクメトの凶暴さを相殺するかのように、バステトはそれとは正反対の、優しく子を育てる側面を表すようになった。

王朝が出現する前から、エジプトでは雌牛は神聖なものとされていた。牛の女神として最も重要なハトホルは、空、愛、豊穣、女性、出産の神。紀元前7世紀あるいは紀元前6世紀のこの像では、女神が主席書記官プサムティクを守っている。カイロ、エジプト考古学博物館(ARALDO DE LUCA)

奉納品だった動物のミイラ

動物の性質を持つ神々の好意を得るために、古代エジプト人は現世の動物たちを利用した。ミイラにされた鳥や獣は、エジプト全土の遺跡から何千体も発見されている。その多くは、宗教的な祭事に捧げられた奉納品だったと考えられている。

2018年、考古学者らはサッカラにある4500年前の墓から、ネコのミイラ数十体とバステトの像100体を発見した。知恵と文字の神トトに関連する鳥トキのミイラは、エジプトの最初期の支配者たちが埋葬されているアビドスで大量に見つかっている。

紀元前1世紀のプトレマイオス朝末期には、動物崇拝は下火になり始めた。ローマ帝国の支配下に入り、キリスト教がエジプトに進出すると、古い神々は見捨てられていった。今日では、新たな発見や古代エジプトを象徴する遺物が、動物たちが持つ力、魅力、強さが崇拝を集めた3000年間を思い起こすよすがとなっている。

コブラの女神ネチェル・アンク。木像に金箔。紀元前14世紀。ツタンカーメンの墓から出土。カイロ、エジプト考古学博物館(UIG/ALBUM)
紀元前13世紀、セティ1世の墓に描かれた、このファラオの称号にちなんだ蜂のフレスコ画(SCALA, FLORENCE)
セクメトと関係の深い、どう猛な雌ライオンの頭を持つメヒトーは、ファラオに戦争での幸運をもたらした。金箔が施されたこの木製のライオンは、ツタンカーメンの墓にあった紀元前14世紀のベッドの枠組みに付いていた。メヒトと考えられている。カイロ、エジプト考古学博物館(ARALDO DE LUCA)
イビス。知恵の神トトの聖鳥であるトキをかたどった、ブロンズの頭部を持つ像。紀元前4世紀から紀元前1世紀。ニューヨーク、メトロポリタン美術館(AKG/ALBUM)

(文 ELISA CASTEL、訳 北村京子、日経ナショナル ジオグラフィック社)

[ナショナル ジオグラフィック 日本版サイト 2021年9月26日付]