血糖値が3年間も低く ロカボでおいしく無理なく
「食後高血糖」を抑えてアンチエイジング(下)
糖質の摂取量を緩やかに抑え、食後高血糖を防ぐ「ロカボ」。昼間の眠気を抑えて仕事のパフォーマンスを高め、ダイエット効果、全身のメタボ化や老化に歯止めをかけることも期待できる食事法だ。しかしダイエットに何度もチャレンジしている人の中には、短期的な効果ではなく、長期にわたってしっかり効果が出るのか、気になる人もいるだろう。最終回となる今回は、日本人における長期的な検証結果、そして「ロカボがうまくいく人・いかない人の違い」などについて、北里大学北里研究所病院副院長・糖尿病センター長の山田悟さんに聞いていく。
「ロカボ」は長期にわたって効果を持続できる?
ロカボとは、1食あたりの糖質量を20~40g、1日の糖質量を70~130g以内にとどめる「緩やかな糖質制限食」のこと。糖尿病専門医である山田さんが提唱する食事法だ(下図)。
第1回(「ロカボで肥満・血糖値対策 『昼間の眠気』撃退効果も」)でお伝えしたように、タクシードライバーやコンビニ店員を対象にしたロカボの検証で、体重の減少や血糖値の低下などが確認されている。この研究は3カ月間の介入の結果だが、ロカボでは長期にわたって効果を維持できるのだろうか。
山田さんはかねてより長期的な効果の検証、特に日本人における検証がとても重要だと考えていたと話す。
「欧米で行われている糖質制限の研究では、短期的に改善すること、また、短期的に体重を減らすことに力点が置かれがちです。これは、欧米の糖尿病患者さんは肥満の人が圧倒的に多いからで、実際に糖質制限によって体重が減ると医療側の食事指導も緩んでしまい、1年後にはリバウンドしてしまう人が多いのです。一方、日本人を含む東アジア人は欧米人よりもインスリンの効きが悪いことが分かっており、太ってなくても糖尿病を発症します。おいしく、高カロリーをとりながら緩やかな糖質制限をすることによる長期的な結果は、私たちが出さなければならないと考えてきました」(山田さん)
ロカボの実践で、血糖値の低下が中期的に維持されることを確認
山田さんは2018年に、外来でのロカボ指導による3年間の観察研究の結果を論文に発表している。具体的には2型糖尿病患者157人にロカボ指導を行い、3年間経過観察したところ、HbA1c[注1]は最初の6カ月間に大幅に改善し、その改善が3年間維持されることが確認された(下グラフ)。
「外来でのロカボ指導によって、少なくとも3年後までHbA1cが下がった状態を維持できることを確認できました。さらに、血圧、血中脂質、肝機能の数値が改善し、腎機能や肝機能を悪化させることはありませんでした」(山田さん)
[注1]HbA1c(ヘモグロビンエーワンシー)は、血糖値の状況を反映する指標。検査前2カ月くらいの平均的な血糖値の状況を反映する。
山田さんはさらに研究を継続しているそうだ。「現在、8年間維持された、という長期成績の論文の投稿を準備しているところです。この論文が受理されれば、ロカボの長期の効果、安全性について納得していただくことができると思います」(山田さん)。
これらの研究は、極端に糖質の摂取量を減らした糖質制限食ではなく、冒頭で説明したように1日あたり70~130g程度の糖質は摂取するという「緩やかな糖質制限食」=ロカボによるもの。この「緩やかな」というのが非常に重要なポイントだ。
糖質を完全に抜く必要はなく、むしろ適量までとったほうがいい。「極端な我慢をしてしまうと、長く続きません。そして必ずリバウンドしてしまいます。食事の仕方を変えていくときは、『無理なく楽しく続けられること』が最も大切です」(山田さん)。
2021年に論文として発表された「極端な糖質制限食と緩やかな糖質制限食の有効性を調べる」という世界的な研究(山田さんも参加)では、極端な糖質制限食よりもロカボのほうが、糖尿病の寛解率が高く、体重や中性脂肪の減少、インスリン感受性改善が高いという結果が出たという[注2]。
「欧米でよく行われる、1日の糖質量を20g以内にするという食事法は、事実上、糖質を一切とらないというやり方をしないと実現できません。短期では治療成績を上げてもリバウンドしやすい。極端な糖質制限食を実行した後、結局元の食事に戻ってしまいリバウンドしてしまうのだと考えられます。繰り返しますが、食事制限は継続できてこそ効果があるのです」(山田さん)
[注2]BMJ. 2021 Jan 13;372:m4743.
ロカボがうまくいく人・いかない人の特徴は?
ロカボは、糖質の摂取は控えるが、おかずはおなかいっぱい食べてOKという食事法なので、ストレスなく続けやすいのが大きなポイントだ。しかし、それでも続かない人は出る。ロカボを実践する上で「うまくいく人」「いかない人」の特徴はあるのだろうか。
「今回のコロナ禍において、私が担当している患者さんでは、ロカボをうまく続けて数値が改善した人のほうが多かったのです。宴席がなくなったおかげで、家で食事をきちんと管理できたためと思われます」(山田さん)
しかし、中には数値が悪化した人もいたという。「典型的なのは、生活環境を免罪符にして好きな食事をとっていい、と自分で食事を緩めてしまった方です。そういう方は、『コロナ禍だから』という理由はもちろん、『正月だから』『誕生日だから』と何らかの理由をつけて食事の工夫をすることをやめてしまうのです」(山田さん)。
また、食事をするときに「カロリーを忘れられない人」、つまり低カロリーにすることを優先してしまう人も続かないという。繰り返すが、ロカボで控えるのは糖質だけで(しかも一定量はとったほうがいい)、おかずはカロリーを気にせずおなかいっぱい食べていい。
「低カロリーを目指すと、食べる量も減り、おなかが常にすいた状態になってしまいます。そうなるとリバウンドの原因になるだけでなく、たんぱく質などの不足にもつながり、筋肉量減少のリスクも高まってしまいます。たんぱく質も油もしっかりとっていいのです。これまでのように『油は悪』といった誤ったダイエットの価値観をリセットすることも大事です」(山田さん)
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コロナ禍によって家でとる食事に関心が高まった結果、ロカボの基準を達成し、「ロカボ」マークがついた商品の売り上げは伸びているという。現在スーパーやコンビニで売られているロカボ商品は1000種類にも及ぶという。実際に店頭で「ロカボ」マークを目にしたという人も多いのではないだろうか。
「現在、大手コンビニやドラッグストアなどでもロカボ商品のラインアップが増えています。糖質量が抑えられているのに加え、たんぱく質や良質な脂肪などを含む商品も増えています。忙しい人でも手軽に手に取れる環境が徐々にできつつあると実感しています。今後も、健康になっていける商品が普通に店頭に並び、難しいことを考えなくても『気づいたら健康になっていける社会』を実現していきたいと思っています」(山田さん)
(ライター 柳本操、グラフ制作 増田真一)
北里大学北里研究所病院副院長・糖尿病センター長、食・楽・健康協会代表理事。1970年、東京都生まれ。日本糖尿病学会糖尿病専門医。日々、多くの患者と向き合いながら、食べる喜びが損なわれる糖尿病治療においていかにQOL(クオリティー・オブ・ライフ)を上げていけるかを研究。2013年に一般社団法人「食・楽・健康協会」を立ち上げる。『糖質制限の真実』『カロリー制限の大罪』(幻冬舎)ほか著書多数。
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