日経エンタテインメント!

「9分9厘、僕の日常のスケッチ」という本書は、エッセーのような読み口でありながら、小説だからこその味わい深さを含んでいる。

『ルーティーンズ』 装幀は、1冊目の単行本『猛スピードで母は』の版型と文字の色を踏襲。『願いのコリブリ、ロレックス』『ルーティーンズ』を収録(講談社/1650円)

21年に作家20周年を迎えた。同年1月、『願いのコリブリ』という妻視点から書かれた短編と、夫視点で書いた『願いのロレックス』を、文芸誌『群像』と『文学界』に同日発表した。それをきっかけに誕生したのが、2人の視点が交互に変わる『ルーティーンズ』である。

「ここまで18作。突拍子もない舞台を思いつくタイプの作家ではないわりには、いろいろ、違うものを書いてきたかなと思っています。僕は、そもそもそれほど読書経験がなくて、文学というものに対して手探りでやってきた感じがあるんです。『世の中の問題に対して解が得られるようなものこそが小説なのでは?』と思っていた時期もあった。デビューして10年を過ぎたくらいからは、人がやっていないような実験的なものを描いてみたりとか。でも、今回は久しぶりに、最初の頃のように素直に、平易な、読みやすいものが書けたんです。コロナで世界のほうが変になったから、かえって、ただ、スケッチすればいいんだ、と思えた」

自身が子育て真っ最中であることも、スタンスを大きく変えた。

「子育てって、率先して“面白くなくなりに行く”ことなんですよ。人付き合いも、自分のための時間も減るし、とにかくルーティーンの繰り返し。でも、その面白くなさが、望みにもなっている。そのことも書きたかった。そういう意味では、子育て世代の人にも読んでほしい。今回は間口広いですよ。売れるといいなあ(笑)」

無数のルーティーンが、ゆるやかに私たちをつなげている。世界はルーティーンでできている。そのことが、私たちを支えてくれる。

長嶋有
 1972年、東京都生まれ。2001年『サイドカーに犬』で第92回文学界新人賞を受賞しデビュー。翌年『猛スピードで母は』で第126回芥川賞を受賞。2007年『夕子ちゃんの近道』で第1回大江健三郎賞、2016年『三の隣は五号室』で第52回谷崎潤一郎賞を受賞。ブルボン小林名義でコラムニストとしても活躍。

(ライター 剣持亜弥)

[日経エンタテインメント! 2022年1月号の記事を再構成]