制圧される感染症

メソポタミア、インド、中国、エジプトから古代ギリシャ・ローマまで、史料にはパンデミックに関する記録が数多く見られる。そのうえ、すでに2000年前には、腺ペスト、麻疹、天然痘の大流行が起こり、3つの大陸で多くの死者が出たことがわかっている。

「2000年前には、すでに世界は相互につながっていました」とカナダ、コンコルディア大学の歴史学者リュシー・ローモニエ氏は言う。シルクロードと交易船がヨーロッパと北アフリカおよびアジアを結びつけたことは、病原体にとっても大きなチャンスとなり、パンデミックが発生するたびに人類の歴史の流れが大きく変わった。

ちなみに冒頭のペストは、ジェノバの植民地だった黒海沿岸の港湾都市カッファを1346年にモンゴル軍が包囲した戦いで、モンゴル人が中央アジアからノミのついたネズミを意図せず持ち込んだことが原因ではないかと言われている。歴史家の間では、モンゴル軍が生物兵器として病人の死体を城壁内に投げ入れ、敵軍に感染を広めたという説もあるが、証拠は限られており、批判もある。

いずれにせよ、生き残った人々は病原菌とともに黒海からジェノバやメッシーナに渡り、3年もしないうちに黒死病は英国、ドイツ、ロシアへと広がった。

この時代に編み出された感染症対策の1つは、今日も用いられている。1377年、ベネチアの支配下にあったラグーサ(現在のクロアチア、ドブロブニク)では、街の外に病院を建設し、病気の住人を治療した。また、すべての船舶とキャラバンを30日間隔離してから入国を許可するようにしたのだ。のちに40日間に延長されたこの検疫制度は、中世のソーシャルディスタンスによる予防措置の基礎となった。

その後の400年間、ペストは終息と流行を繰り返した。1894年、スイスの科学者アレクサンドル・イェルサンによって、ペストが細菌によって引き起こされることが明らかになり、その4年後には、フランスの科学者ポール・ルイ・シモンによって、ペスト菌がネズミからノミを経て人間に感染するという経路が突き止められた。

1897年には予備段階のワクチンが開発され、1931年にはより優れたワクチンが登場した。1947年には抗生物質による治療の有効性が証明された。その結果、人間のペストは制御可能になり、大規模な流行は起こりにくくなった。ただし、ペスト菌はまだ自然界に広まっている。2021年8月にも、米カリフォルニア州のタホ湖でシマリスのペスト感染が確認され、一部の観光地が閉鎖された。

現代のパンデミック

残念ながら、パンデミックを完全に防ぐ世界的な手段はまだない。2019年末に新型コロナ感染症が出現して以来、監視の強化、国際的な情報交換、ワクチン開発が必要だとする議論が高まっているとモレンズ氏は説明する。しかし、危険な感染症を広めるリスクを高める活動、例えば、森林伐採、野生の生態系への侵入、野生動物の売買や消費、野生動物と家畜と人間が密接に接触する行為などの制限については、ほとんど言及されていないという。

2021年9月20日、米ワシントンDCの国立公園ナショナルモール(米国ワシントン)で、ワシントン記念塔のそばに展示されたパブリック・アート作品「In America: Remember」を訪れる人。新型コロナによる米国内の死者を追悼する66万本以上の白い旗が立てられている(PHOTOGRAPH BY KENT NISHIMURA, LOS ANGELES TIMES VIA GETTY)

次のパンデミックを防ぐためには世界がひとつになる協力体制が必要だと、米コーネル大学野生動物保健センターのスティーブ・オソフスキー所長は言う。それは、「人間・家畜・野生動物の健康が密接に関係しており、それらがみな自然環境の責任ある管理に支えられているという認識に基づくアプローチです」

この枠組みは人間と自然の両方を守るものだが、そのためには、医師、獣医師、疫学者、動物学者、ビジネスリーダー、先住民、農業専門家、公衆衛生専門家、環境専門家など、多様な人々の協力が欠かせない。「私たちが自然界をどのように扱うかは、私たち自身の未来に直結しているのです」とオソフスキー氏は語る。

(文 SHARON GYUNUP、訳 三枝小夜子、日経ナショナル ジオグラフィック社)

[ナショナル ジオグラフィック 日本版サイト 2021年10月20日付]

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