
観測から得られた複数のデータに基づくと、宇宙は、宇宙論に基づく最も優れた推定よりも速く膨張しているという。なぜそのようなズレが生じたかは定かでないが、その証拠は何年も前から積み上がっており、現代天文学最大の謎の一つとされている。これを「宇宙論の危機」と呼ぶ研究者もいるほどだ。
そしてこのほど、ハッブル宇宙望遠鏡を使って膨大なデータを収集した研究者グループが新たな膨張速度を発表、このズレが統計的な偶然である可能性は100万分の1であると報告した。つまり、まだ明らかになっていない宇宙の基本成分が存在しているか、あるいは既に知られている成分が何か未知の影響を与えている可能性がある。
この結果は、2021年12月に学術誌「The Astrophysical Journal」に提出された複数の論文で明らかにされた。
宇宙の膨張速度を推定する方法は大きく2つある。一つは宇宙が生まれたばかりの頃に生まれたかすかな光から、宇宙論に基づいて推定する方法。もう一つは、近くの宇宙にある星までの距離から推定する方法だ。
ところが、この2つの推定値には約8%の開きがある。それほど大した差には思えないかもしれないが、もしこれらの結果が正しければ、宇宙はダークマターを加えても説明がつかないほど速く膨張しているということになり、従来の宇宙論にほころびが生じる恐れがある。
この違いは、天文学者のエドウィン・ハッブルの名にちなんで「ハッブル対立(The Hubble tension)」と呼ばれている。ハッブルは1929年に、地球から遠い銀河系ほど速い速度で遠ざかっているという観測結果を発表した。これによって、宇宙はビッグバンによって始まり、それ以来膨張を続けているという現在の考え方が生まれた。
マイクロ波とはしご
現在の宇宙の膨張速度は、天文学者のエドウィン・ハッブルの名にちなんだ「ハッブル定数」によって示される。これを使うと、ビッグバンで始まった宇宙の年齢を推測することができる。
ハッブル定数を求める一つの方法は、欧州宇宙機関のプランク宇宙望遠鏡が観測する宇宙マイクロ波背景放射(CMB)を利用することだ。宇宙マイクロ波背景放射とは、宇宙が誕生してから38万年後に生まれたごく弱い光のことで、これによって、初期宇宙における物質とエネルギーの分布や、それらを支配していた物理学についての情報が得られる。
次に、様々な宇宙の特性を驚異的な正確さで予測する宇宙論の標準モデル「ラムダCDMモデル(宇宙項のある冷たいダークマターモデル)」を使って、この初期宇宙の地図を数学的に早送りすると、現在のハッブル定数がどうなっているはずかを予測することができる。こうして、宇宙の膨張速度は67.36km/s/Mpc(キロメートル/秒/メガパーセク=天体の距離が1メガパーセク(約326万光年)離れるごとに、遠ざかる速度が秒速67.36キロメートル速まる、ということ)という結果が出た。
これに対して今回の論文の著者である、米ジョンズ・ホプキンス大学の天文学者アダム・リース氏が率いる研究グループSHoESは、比較的地球に近い現代の変光星と銀河を使ってハッブル定数を算出した。