ほかにも例えば、相手の目をめちゃくちゃ見たり、とにかく速くしゃべってみたり、あるいはゆっくりしゃべってみたり。毎日同じことを繰り返しているからこそ、変えると違いが分かって面白いという発見もあると思います。こうしたときに相手の反応が違うんだとか、身体が楽に動けたとか、感情が動いたとか、毎日が研究ですね。ちょっとずつ変えてみて、その成果が日々出て、それを生かしてまた次の研究に向かうみたいな。それが積み重なることで、公演の回数を重ねる意味も出てくるんじゃないかと思います。

舞台が始まるまでの気持ちの持っていき方

開演の前にルーティーンでやっていることは、僕はあまりないのですけど、空き時間ができないようにはしています。開演時間から逆算して、楽屋にはぎりぎりに入ります。1時間半前くらいに入るのですが、楽屋でぼーっとする時間は必要なくて、すぐに着替えて、ストレッチをして、発声練習をしたりして、開演何分前になったらメークをして、かつらを着けて、衣装を着てと、やることをだいたい決めておいて、それを着々とこなす感じです。逆に、早く終わってしまって暇だ、となった方が落ち着かなくなって困ります。公演が終わった後も、すぐに楽屋を出るようにしています。ちなみに共演している堂本光一君はずっと楽屋にいるのが好きなタイプです。きっと楽屋でゆっくり過ごすことで、リラックスできたり集中力を高められたりするのでしょう。

そんなふうに、人によって舞台が始まるまでの気持ちの持っていき方はそれぞれ。直前まで誰ともしゃべらない人もいるし、逆にしゃべりまくっている人もいます。ぎりぎりまで本を読むなど違うことをしていて、舞台に出たらぱっと切り替わる人もいます。モチベーションを保つ秘訣やルーティーンはそれぞれにあると思うのですが、俳優同士で分かち合うものでもなくて、俳優の数だけやり方があるのが面白いところです。

自分の体と心に合ったやり方を自分で見つけなければいけなくて、僕はそういう作業が好きだし、それはとりもなおさず俳優の仕事が好きということなんだなと。『ナイツ・テイル』で久しぶりに長期公演を経験してみて、あらためて感じたことです。

『夢をかける』 井上芳雄・著
 ミュージカルを中心に様々な舞台で活躍する一方、歌手やドラマなど多岐にわたるジャンルで活動する井上芳雄のデビュー20周年記念出版。NIKKEI STYLEエンタメ!チャンネルで月2回連載中の「井上芳雄 エンタメ通信」を初めて単行本化。2017年7月から2020年11月まで約3年半のコラムを「ショー・マスト・ゴー・オン」「ミュージカル」「ストレートプレイ」「歌手」「新ジャンル」「レジェンド」というテーマ別に再構成して、書き下ろしを加えました。特に2020年は、コロナ禍で演劇界は大きな打撃を受けました。その逆境のなかでデビュー20周年イヤーを迎えた井上が、何を思い、どんな日々を送り、未来に何を残そうとしているのか。明日への希望や勇気が詰まった1冊です。
(日経BP/2970円・税込み)
井上芳雄
 1979年7月6日生まれ。福岡県出身。東京藝術大学音楽学部声楽科卒業。大学在学中の2000年に、ミュージカル『エリザベート』の皇太子ルドルフ役でデビュー。以降、ミュージカル、ストレートプレイの舞台を中心に活躍。CD制作、コンサートなどの音楽活動にも取り組む一方、テレビ、映画など映像にも活動の幅を広げている。著書に『ミュージカル俳優という仕事』(日経BP)、『夢をかける』(日経BP)。

「井上芳雄 エンタメ通信」は毎月第1、第3土曜に掲載。第104回は11月20日(土)の予定です。


夢をかける

著者 : 井上芳雄
出版 : 日経BP
価格 : 2,970 円(税込み)