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与えられた環境でベストを尽くす

当時そんな貴重な経験ができたのも宝塚にいたからで、お話を聞きながら一番変化が激しい時代を過ごされたのだなと思いました。「『ベルサイユのばら』以前の宝塚は知る人ぞ知る存在だったけど、以後は全国区になって、すべてが変わった」と言われましたが、初代マリー・アントワネット役なので、まさにその渦中にいたわけです。そしてブームの最中に海外公演に行き、最後も『ベルばら』に出演されて退団。宝塚が大きく変わった時期に、娘役のスターとしてトップを走っていたのはあらためてすごいことです。

そして退団してから24年後にまた本格的に舞台復帰したのもすごいことで、女優として特異なキャリアだと思います。それも自分から望んだというよりは、先の海外公演もそうですが、与えられた環境でベストを尽くしたのでしょう。宝塚では、最初は男役だったのですが、「娘役の方がいいわよ」と言われたので、娘役で頑張ったそうです。歌も「下手だと言われたので、すごくレッスンしたのよ」と。そうやって努力をして手に入れたものも、潔く手放すことをいとわずに、結婚したら家庭に入って、また次のステップに進みます。そして24年ぶりに『エリザベート』で舞台復帰したのも、「演出の小池修一郎先生に突然、言われたから」。自然の流れに身を任せているうちに、いろんなチャンスが巡ってくるのは、やはり人柄なのだと思います。今では宝塚のOGの中でも最上級生だし、これだけ素晴らしいキャリアをお持ちなのに、偉そうなところは全くありません。誰にでも優しくて、面倒見もいいので、本当にみんなから愛されています。

2000年の『エリザベート』初演時の皇太子ルドルフ役の井上芳雄(中央)と皇太后ゾフィー役の初風諄(右)(写真提供:東宝演劇部)

僕は『エリザベート』と『ウェディング・シンガー』の2作で共演しました。初風さんは歌声がぶれなくて、声の調子が悪かったり、出づらかったりするのを見たことがあまりありません。『エリザベート』でのゾフィーという役は、宝塚で演じてこられた役と違って、低い音で歌わなければいけなかったり、怖いイメージの義母だったりしたので、歌や演技を猛練習されたそうです。そういう苦労を全然感じさせなかったし、つらさや悲しみを含めて、人間というものを表現するのがとてもお上手で、持っていらっしゃるものが自然と演技ににじみ出るのだと思っていました。

一方、『ウェディング・シンガー』で演じたのは、下ネタをばんばん言うようなおばあさんの役。初風さんは下ネタはおっしゃらないけど、冗談はよく言いますし、一緒にふざけて笑い合うようなことも。宝塚のときは宴会部長だったとも聞きますし、みんなを楽しませるのが大好きで、いろんな顔をお持ちの方です。

近年はおばあさんの役が多いと思いますが、ミュージカルで年配の女性の役をやれる女優さんは実は少ないのです。実際はもっと若い方がおばあさんを演じることが多いのですが、初風さんは本当に重ねてきた人生の経験も生かしながら、年齢相応の役を演じられてきたという点で、ミュージカル界で大きな役割を果たしてこられたと思います。

トークの合間には2曲を歌っていただきました。まずはソロで『ラムール・ア・パリ』から『白い花がほほえむ』。当時歌っていたのと同じキーで歌われていて、きれいなソプラノを保っていました。年齢を重ねると高い音は出づらくなるのが自然なのですが、それを保っているのはすごいことです。「私は丈夫だから」とおっしゃっていましたが、やはり鍛え方が違うなと感心しました。

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こんな日が来るなんて思わなかった