日経Gooday

多発性脳梗塞とは、脳内部の深いところにある細い血管が多発的に詰まることで発症する。高血圧や動脈硬化が背景にあるが、それらに飲酒が関係していると考えられるわけだ。また、肥満があると血圧も高くなりやすい。

このほか、飲み過ぎによる肝硬変や、同じく飲み過ぎで膵臓(すいぞう)にダメージが起きることによる糖尿病なども、認知症につながる恐れがある。つまり、アルコール性の認知症というのは、いずれも飲酒が直接的な原因ではなく、間接的な原因なのである。

脳の萎縮は避けられない加齢現象のひとつ

柿木氏は、そもそも脳の萎縮は避けられない加齢現象のひとつだと言う。年を取ると脳の神経細胞が死んでいき、それにより脳の萎縮が起きる。一般的には、30代くらいから脳の萎縮が少しずつ始まり、65歳を過ぎると、肉眼でも分かるほど萎縮が進んでいくという。

20代の脳と70代の脳の比較

出典:健康長寿ネット(https://www.tyojyu.or.jp/net/kenkou-tyoju/rouka/nou-keitai.html)

「飲酒はこの加齢による脳の萎縮を進めます。MRIの画像を見ると、年を取った人の脳では、脳脊髄液で満たされている側脳室(そくのうしつ)が大きくなっていることが分かります。これは脳全体が小さくなったことによって、側脳室が広がったことを示しています」(柿木氏)

アルコールが加齢による脳の萎縮を進めると聞いて、再びちょっと心配になってしまった。なぜ、アルコールによる脳の萎縮は、アルツハイマー型認知症などの脳の萎縮と違って、それほど問題を起こさないのだろうか。

「では、分かりやすいたとえで説明しましょう。太い幹があって、たくさんの枝がついている『大きな桜の木』を想像してみてください。その桜の木が脳だとすると、アルコールによる脳の萎縮というのは、小さな枝がなくなった程度のことなのです。昔の写真と比べれば枝がなくなったことに気がつきますが、桜の木としては問題がなく、春になれば花が咲きます。一方で、アルツハイマー型認知症や脳血管性認知症は、桜の木の主要な部分に重大なダメージが発生しているのです」(柿木氏)

柿木氏によると、アルツハイマー型認知症は、桜の木の幹がいつの間にか空洞化しているようなものであり、脳血管性認知症は、強風によって桜の木の重要な太い枝がポッキリ折れてしまったようなものだという。これでは、いずれ木が枯れたり、倒れたりしてしまう。

なるほど。アルコールで脳が萎縮しても、しょせん「枝葉の部分」で、脳の機能には基本的に問題がなく、認知症のリスクにはつながらないことが多いのだ。酒飲みにとっては、今度こそ明るい兆しが見えてきたと言えよう。

アルコールで脳が萎縮する仕組みは分かっていない

それにしても、なぜアルコールで脳が萎縮しても、認知機能に対しては影響が小さくて済むのだろうか。そもそも、どんな仕組みで酒を飲むと脳が萎縮するのだろう?

「実は、どのようなメカニズムによってアルコールで脳が萎縮するのかは、まだよく分かっていないのです。ただ、飲酒によって、脳の重要な機能が損なわれるのではなく、脳が全体的に萎縮していくということが分かっています」(柿木氏)

なんと。仕組みが分かっていないというのは、ちょっと不思議な気もする。

「酒が直接的に認知症に結び付くわけではないので、安心してください。ちなみに、私も酒が好きですが、私の脳も萎縮していますよ(笑)。大酒飲みは、萎縮している人が多いと思います」(柿木氏)

安心したのもつかの間、柿木氏は「とはいえ、飲酒でさまざまな病気のリスクが上がらないよう注意しましょう」とクギを刺すのを忘れなかった。

「飲酒は、動脈硬化や糖尿病などのリスクを上げます。それらがやがて、アルツハイマー型認知症や脳血管性認知症につながる恐れもあります。つまり、アルコールが間接的に認知症の原因になる可能性はあるわけです。ですから、動脈硬化や糖尿病につながるような、ムチャな飲酒はしないことです」(柿木氏)

アルコールによる脳の萎縮と認知症はイコールではないが、飲み過ぎて糖尿病や動脈硬化になると、そこから認知症につながる恐れがある。そうならないためにも、やはり酒量のコントロールは欠かせないのだ。

しかし、ついつい飲み過ぎてしまうのが酒飲みの性である。実はこの「酒を欲する気持ち」に、脳は深く関与しているという。次回は、アルコールと脳の「相性の良さ」について、引き続き柿木氏に教えていただこう。

(文 葉石かおり=エッセイスト・酒ジャーナリスト)

[日経Gooday2022年5月12日付記事を再構成]

柿木隆介さん
自然科学研究機構生理学研究所・名誉教授。1953年生まれ、福岡県福岡市出身。臨床脳研究の第一人者。自然科学研究機構生理学研究所・名誉教授。順天堂大学医学部・客員教授。日本神経学会専門医。九州大学医学部卒業後、神経難病の解明を目指し神経内科医となる。その後、より深い次元で人間の脳機能を研究するためロンドン大学医学部神経研究所などを経て、1993年より岡崎国立共同研究機構生理学研究所(現、自然科学研究機構)教授。著書に『脳にいいこと 悪いこと大全』(文響社)、『記憶力の脳科学』(大和書房)、『読むだけでさみしい心が落ち着く本』(日本実業出版社)など多数。

名医が教える飲酒の科学

著者 : 葉石かおり
出版 : 日経BP
価格 : 1,650円(税込み)

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