他者を巻きこむほうがひらめきやすく、記憶も定着しやすい

――先ほど、「お互いに話すと情報ネットワークがつながりあい、ひらめきに変わる」とお話しくださいましたが、だとすると「人と話す」というのはとても有効なのですね。自分ひとりで抱え込んで、いつかやってくるひらめきを待つより、まとまらない状態でもとにかくアウトプットすることが効果的ということですか。

篠原さん まさにその通りです。我々は「考えて、ひらめく」とか「考えて、書く」というふうにまず「考え」が先に来て「表現する」ことが後に来ると発想しがちです。つまり、ひらめきとは自我を中心としたモデルと思っているのですが、AIでも「共起現象」がたやすく起こることがわかっています。

共起現象とは、例えば選挙に関する話題の中では「選挙」という言葉と「出馬」という言葉が同時に出現するようなことを言います。AIの自然言語処理のパターンでは、このように、ある単語が出たら、その単語から同時に「共起現象」が起こる仕組みがあります。おそらく我々の脳も、話したり書いたり、とアウトプットしないことには共起現象は起こりにくい。出すことが大事です。

以前、「不安な気持ちはいったん外在化すること」とお話ししましたが、それと同じ話。一回出してしまえばそこから連鎖し、ひらめきや解決に勝手につながっていくのです。

――そのアウトプットの仕方なのですが、「話す」「書く」「パソコンに打ち出す」など、表現手段による脳への作用の違いはあるのでしょうか。

篠原さん それに関しては僕の知る限り、調べられていないと思います。

ただ、「話す」つまり「他者に説明する」ことで、前頭前野の「ワーキングメモリ[注1]」が深く使われるということが起こります。するとネットワークの広がりが大きくなり、ひらめきも増しやすく、記憶の定着も促進されるでしょう。

[注1]ワーキングメモリとは、脳の前頭前野が強くかかわる短期メモリのこと。作業記憶とも言う。少し前にした記憶を、作業のために生かす、いわゆる「脳のメモ帳」「脳の作業台」。ただし脳のメモ帳の枚数は年齢に関係なく誰もが3~4枚しか持っていないため、私たちは「あれ」「これ」「それ」ぐらいしか同時に処理することができない。

――確かに、話したり、他者に説明しようとしたりすることで「わかっていること、わかっていないこと」が見えてきますね。「書く」ことはどうでしょう。

篠原さん 自分で原稿を書くことも、結局のところ、他者への説明ですよね。「伝わるかな」「ここはちょっと言葉を言い換えたほうがいいだろう」というふうに原稿を読む他者の脳みそを想像するぶん、ワーキングメモリが深く使われます。

つまりは、極力、「自己完結しようとせず、他者を巻きこむのがいい」ということです。脳を固定化していると、外側から情報を取り込もう、という感覚になりますが、「既にたくさんある情報とつながっちゃえ!」ぐらいの気持ちのほうが、ひらめきは起こりやすいのです。

――ああでもない、こうでもない、と書き殴ったり、人に説明したりするのを「無駄な時間」と考えるのは間違いですね。ひらめきの元になるし、記憶の定着まで良くなるとは。

篠原さん すごく考えて悩んで書いた原稿は忘れない、ということはありませんか。あっさりスルーで楽々書いたことなんて、書いたことすら忘れちゃう(笑)。

――その通りですね。自分だけでひらめく必要がない、というのは目からウロコでした。

◇   ◇   ◇

次回は、「上司と部下」という関係のなかで悩むことが多い「褒める」ことと脳の関係、何をどう褒めると相手のモチベーションを高められるのかについて聞く。

(ライター 柳本操)

篠原菊紀さん
公立諏訪東京理科大学工学部情報応用工学科教授。医療介護・健康工学研究部門長。専門は脳科学、応用健康科学。遊ぶ、運動する、学習するといった日常の場面における脳活動を調べている。ドーパミン神経系の特徴を利用し遊技機のもたらす快感を量的に計測したり、ギャンブル障害・ゲーム障害の実態調査や予防・ケア、脳トレーニング、AI(人工知能)研究など、ヒトの脳のメカニズムを探究する。

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