この大臼歯の全体的な形と内部構造は、過去にチベット高原の端で発見され、デニソワ人のものと確認された下顎の歯と似ている。この謎に満ちた古人類の化石は珍しいため、新たに発見された骨や歯をデニソワ人のものと断定するのは難しい(PHOTOGRAPH BY FABRICE DEMETER AND CLÉMENT ZANOLLI)

人類史上の発見が相次ぐラオス

この歯は、ラオスとベトナムの国境沿いに約1100キロメートル続くアンナン山脈で発見された最新の化石だ。何千年もかけて、古代の海底の名残である石灰岩を川が削り、現在、山脈を蛇行するように洞窟が連なっている。

岩でできたこれらの洞窟が発見の宝庫であることはすでにわかっているが、決して楽に作業できる場所ではない。高温多湿の気候が骨の分解を早めているうえ、保存されているものがあっても、起伏に富んだ地形のため、見つけるのが難しい。こうした悪条件にもかかわらず、最近、ラオスでは発見が相次いでおり、東南アジア最古の現生人類をはじめ、数万年にわたる人類の活動を示す証拠がこの地で記録されている。

研究者たちがラオスに関心を向けるようになったのは、現地の有力な考古学者トンサ・サヤボンカムディー氏の功績でもある。サヤボンカムディー氏は1930年代に研究され、その後放棄されていた遺跡の場所を苦心して突き止めた。コブラ洞窟がある地域もその一つだ。

サヤボンカムディー氏は今回の研究にも参加していたが、2022年4月に死去した。そのため、この研究には同氏にささげる意味も込められている。デンマーク、コペンハーゲンにあるルンドベック財団地理遺伝学センターの古人類学者で、論文の筆頭著者に名を連ねるファブリス・デメテル氏は「私たちのチームがラオスで活動できるのは、本当に彼のおかげです」と語る。

デメテル氏とシャッケルフォード氏はそれぞれ10年以上前からラオスに滞在しており、最近は洞窟探検家と手を組み、断崖絶壁に挑んでいる。2018年、2人はコブラ洞窟のうわさを聞いた。その入り口は、周囲の平野より30メートル以上高い岩場にある。洞窟はとても狭く、平均的な身長の人が中に立つと、左右の壁と天井に同時に触れることができるほどだ。

洞窟から化石を回収するのもひと苦労だ。角ばった石の破片がフルーツケーキのように集まってできた角礫岩(かくれきがん)に埋め込まれているためだ。それを削り取るのは、「まるでコンクリートから掘り出そうとするようなものです」とシャッケルフォード氏は説明する。

それでも、コブラ洞窟では最初から驚くべき発見があった。18年12月3日、地質学者で洞窟探検家のエリック・スゾーニ氏がシャッケルフォード氏の初訪問に先立って洞窟を視察し、チームに見せるため、岩や骨のかけらを集めた。スゾーニ氏は昼食前に洞窟から下りてきて、発見した大量の化石をチームメンバーに配った。「しばらくしてエリックがふと、ここにも何かあるんだった、と言いました」とデメテル氏は振り返る。そして、スゾーニ氏はシャツのポケットから珍しい大臼歯を取り出した。

「すぐにヒト属の歯だとわかりました」とシャッケルフォード氏は話す。「しかし、現生人類ではありませんでした」

1本の歯が伝える古人類の一生

10年近く、デニソワ人の遺物といえば、シベリア南部のデニソワ洞窟で発見された数本の歯と小指の骨、頭蓋骨の破片だけだった。そして19年、チベット高原の端にある白石崖溶洞で、「夏河(かが)の下顎」と呼ばれるデニソワ人の顎が見つかったという大きな発表があった。

ラオスで発見された大臼歯は1本だけかもしれないが、科学者たちがデニソワ人についての理解を深めるのに大いに役立つだろう。論文の著者の1人であるフランス、ボルドー大学の古人類学者クレメント・ザノリ氏は「歯は個人の人生を映し出す小さなブラックボックスのようなものです」と語る。その形状や内部構造、化学的性質、摩耗パターンに、個人の年齢、食生活、さらには居住地域の気候を知る手掛かりが隠されている。

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デニソワ人の謎、解明への期待