日経ナショナル ジオグラフィック社

また、歯の形は人類あるいは絶滅した類人猿の種を特定する助けにもなる。コブラ洞窟で発見された大臼歯の咬合(こうごう)面の溝は現代人よりはるかに多く、ネアンデルタール人の歯によく見られる隆起がある。しかし、歯の全体的な形や内部構造は夏河の下顎と類似している。

ラオスの歯は歯根や表面の摩耗がないことから、永久歯が生えそろう前に死んだ子どものもので、死亡時の年齢は3歳半〜8歳半だったと推測されている。古代のサイ、ブタ、サル、ウシなど、ほかの動物の遺物と一緒に洞窟に流れ込んだものと思われる。動物たちの遺物の年代などを根拠に、この大臼歯は13万1000〜16万4000年前のものと推定された。

研究チームは化石をX線でスキャンして形状を調べた後、歯のエナメル質を採取し、保存されているタンパク質を探した。繊細なDNA鎖と異なり、タンパク質はラオスの高温多湿な気候を生き抜く可能性が高い。そして、タンパク質を構成するアミノ酸が、その遺伝暗号を読み解く手がかりとなり、科学者たちが標本の身元を特定する助けになる。

分析の結果、この歯はオランウータンなどの類人猿ではなく、ヒト属のものであることが判明した。また、タンパク質は女性の歯であることを示唆していた。ただし、人類の系統樹の枝を特定するのに必要なタンパク質は見つかっていない。

デニソワ人の謎、解明への期待

現在のところ、コブラ洞窟の歯がデニソワ人と結び付けられた最大の根拠は、発見場所と夏河の下顎との類似性だ。ネアンデルタール人の大臼歯ともいくらか似ているが、ネアンデルタール人がラオスほど東で発見された例はない。また、これまでの遺伝子データは、デニソワ人がおそらく東南アジアに暮らしていたことを示唆している。

少なくとも現時点では、デニソワ人の化石は非常に少ないため、この謎に満ちた人類を解剖学的に把握することは根気のいる課題となっている。今回発見された歯が下の大臼歯であるという事実は、立証をさらに難しくしている。デニソワ人とはっきり確認されている下の大臼歯は、夏河の下顎しか存在しないためだ。

しかし、科学者の鼻先、あるいは、頭上にある洞窟の天井に、さらにデニソワ人が隠れている可能性がある。アジア各地で次々と発見されているヒト属の化石は、その多くが「旧人類」という曖昧なグループにひとまとめにされている。近年、これらの一部がデニソワ人、あるいは、少なくとも近縁種である可能性が研究によって指摘されている。

「実は博物館などでずっとデニソワ人の化石を見ていたものの、何と呼べばいいかわからなかったというのが本当のところではないでしょうか」とシャッケルフォード氏は話す。

シャッケルフォード氏にとって、今回の研究がもたらした最も大きな成果の一つは、ラオスの洞窟だらけの山々で、膨大な数の発見が待ち受けているとわかったことだ。「10年以上前からあそこで活動していますが、まだ最初の山から下りてさえいません」

謎に包まれたデニソワ人の想像図。狭い額やがっしりした顎など、デニソワ人は多くの点でネアンデルタール人に似ていたようだ(ILLUSTRATION BY MAAYAN HAREL)

(文 MAYA WEI-HAAS AND MICHAEL GRESHKO、訳 米井香織、日経ナショナル ジオグラフィック)

[ナショナル ジオグラフィック 日本版サイト 2022年5月19日付]