ニュージーランド 絆と内省を得るハット・ハイキング

日経ナショナル ジオグラフィック社

ナショナルジオグラフィック日本版

ニュージーランドのウエストコースト地方にある「マウント・ブラウン・ハット」までは、ハイキングで7時間かかる。ここは、ニュージーランド自然保護局(DOC)が管理する多くの山小屋の1つ(PHOTOGRAPH BY NICKSPLACE, GETTY IMAGES)

「古くて、かび臭くて、汚れてて、本当に気味が悪い。年に10人ぐらいしか泊まらないでしょうね」

トタン板と木材で建てられた「ジャックス・フラット・ビーヴィー」について、キャロル・エクストンさんは、このように説明する。このハット(山小屋)は、ニュージーランドの薄暗い谷に広がるうっそうとした森にたたずむ。身をかがめないと入れないほどの小さなハットだが、実はエクストンさんのお気に入りで、ニュージーランド政府が管理する1000軒のうちの1つだ。エクストンさんのトレッキング熱をかき立てるこのハットは、ニュージーランドで愛されるハイキング文化を表す典型的な存在となっている。

そびえたつ山々と険しい海岸でよく知られるニュージーランドでは、実際にハイキングが生活の一部となっている。そして、1万5000キロメートルにも及ぶハイキングコースに点在しているハットを巡る「ハット・ハイキング」は、ニュージーランドを満喫する最適の方法といえるだろう。

すべてのハットが、「ジャックス・フラット・ビーヴィー」のような2人用の質素な小屋というわけではない。建物自体も魅力的で、高山の尾根に位置し、氷河を見渡せるハットもある。ハットの多くは、100年以上も前に建てられ、古くからの降雨林やきらめく海岸を見守ってきた。壁には、昔のハイカーが書いた名前やメッセージが今も残っている。ハットは、何十年間も歴史の証人となってきたのだ。

こうしたハットの多くは、無料または格安な料金で利用できる。エクストンさんのように、国内のすべてのハットを訪れようと意欲を燃やす人々がいるのも当然といえる。

ハットの「生い立ち」はさまざま

こうしたハットがニュージーランドの人里離れた奥地に誕生したのは、1880年代後半のことだ。羊飼いたちは、地元の石材を利用して、サザン・アルプス山脈のふもとの草地に小屋を建てた。金採掘者たちは、川岸にトタン板で小屋を建てた。人けのない海岸にも、難破船から逃れた漂流者の避難小屋が建てられた。

ニュージーランド、オタゴ地方のブリュースター氷河を見渡す丘陵にある「ブリュースター・ハット」。DOCのハットの多くは、目を見張るような大自然の中にある(PHOTOGRAPH BY TIMON PESKIN, ISTOCKPHOTO / GETTY IMAGES)
マボラレイクス自然保護公園のノースマボラ湖岸にある「ケアリス・ハット」。先着順に利用するシステムだ(PHOTOGRAPH BY GEOFF MARSHALL, ALAMY STOCK PHOTO)
ニュージーランド南西部の世界遺産地域内のケプラー・トラックにある「ハンギング・バレー・エマージェンシー・シェルター」(PHOTOGRAPH BY VINCENT LOWE, ALAMY STOCK PHOTO)

ヨーロッパからの入植者たちが、ニュージーランドを母国に似た景観にしようと、シカやシャモアなどの動物を持ち込んだ結果、生態系に被害が生じ、20世紀半ばには、その駆除のためにさらにたくさんの小屋を用意した。その後の数十年間に、こうした動物を害獣駆除業者が数十万頭も駆除し、国内の最も辺ぴな場所に、6人用の小屋だけがそのまま残った。

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「定員6人のハットに30人」の思い出