
橋爪功さんがつくる世界に入れる喜び
9月16~19日に公演がある「リーディングプロジェクト」も異ジャンルではないけど、それに近い感じのチャレンジです。橋爪功さんとは2017年に『謎の変奏曲』という2人芝居の舞台でご一緒しました。それ以来、ヅメさんと呼んで、家族ぐるみで仲良くさせていただいています。「また一緒に何かやりたいですね」と話していたところ、今回、自ら演出される朗読劇の第1回の公演に声をかけていただき、喜んでお受けしました。
『謎の変奏曲』でヅメさんと一緒にお芝居したときは、本当にすごい俳優さんだと感じました。ただ、何がどうすごいのか計り知れないところがあったので、それをもっと知りたいという思いがずっとあります。その後、主演された映画『家族はつらいよ』のシリーズなども見て、こんなに人を引きつけるお芝居って、どうしたらできるのだろうと考えながら今に至っています。特別なことをしているわけではないのですが、何もしゃべっていないときでも、その役がずっと生きているというのかな。お芝居を超えて、人として引きつけられるたたずまいなんです。その秘密を知りたいのですが、ヅメさんが稽古場で教えてくれるわけでもなく、見て盗むしかないので、今回はそのいい機会でもあります。
公演は二幕構成で、第一幕はヅメさんとタップダンサーのRON×Ⅱさんによる朗読劇『関節話法』。筒井康隆さんのSF短編を、ヅメさんの朗読とRON×Ⅱさんのタップダンスの音で表現するのでしょう。フィジカルなタップダンスと朗読劇の組み合わせは新鮮で、既存の朗読劇とはまた違った面白さがあると思うので興味深いです。
そして第二幕が、ヅメさんと僕による朗読劇『船を待つ』。ヅメさんが昨年出演した三國月々子さん原作のNHK-FMラジオドラマを再構築するものです。初老と青年の男性2人の話で、ラジオではヅメさんが初老の男性、渡辺いっけいさんが青年の役をやられました。今回は、ヅメさんが青年、僕が初老の男性を演じます。ヅメさんなりの考えがある配役でしょうけど、僕にはプレッシャーでもあります。劇場の下見にご一緒した際、「セットはないけど、ちょっと印象的なものを置こうか」とか「こういう照明にしよう」とか、いろんなアイデアをお持ちでした。僕は「いいですね」とうなずいていただけですが、そうやってヅメさんがつくる世界の中に入れるのは、とてもうれしいことでした。

朗読劇は、これまで何回かやらせてもらいましたが、立って動きながらお芝居するのとは全然違うジャンルの演劇だと思います。そんなに動きがあるわけではなく、お客さまは想像力を駆使して見てくださることになるので、セリフのちょっとしたニュアンスや間や音量によって、どんどん世界が広がっていきます。今回は読売日本交響楽団在籍のチェリスト、渡部玄一さんに生演奏をしていただけるので、そのチェロの音色もすごく想像をかき立てるでしょう。ヅメさんがどういうセンスで演出されるのか、わくわくしています。
短い期間ではありますが、天童さんや山内君と一緒に歌えたり、ヅメさんやRON×Ⅱさん、渡部さんとコラボできるのは、すごく魅力的なこと。やってみたいという気持ちにあらがえません。そこに至るまでには大変なこともあるだろうし、苦労もして後悔するかもしれないけど、それ以上に学ぶことが大きいのが分かります。そういう経験の積み重ねが、ほかの舞台や表現にも生きてくるだろうし、自分の大切な糧になりそうです。

(日経BP/2970円・税込み)

「井上芳雄 エンタメ通信」は毎月第1、第3土曜に掲載。9月17日(土)は休載、第123回は10月1日(土)の予定です。