300人と学ぶデジタルおばあちゃん 80代でも社会貢献

Excelで自らデザインした服を着る若宮正子さん

デジタルトランスフォーメーション(DX)時代を迎えるなか、リスキリングによる新たな人材育成が課題となっている。AIでリスキリングを促す技術を持つカナダのスタートアップ企業、SkyHive(スカイハイブ)創業者兼最高経営責任者(CEO)のショーン・ヒントンさんは、「世界最高齢のアプリ開発者」として知られる若宮正子さん(87)と対談した。「デジタルおばあちゃん」の説くリスキリングの極意とは。

ヒントンさん 若宮さんは、北米でもデジタル技術の高い高齢女性として有名です。米アップルCEOのティム・クック氏が自社イベントに招待したほどです。デジタルの世界で活躍する前にはどんな人生を歩んできたのですか。

若宮さん 私は1935年生まれで、少女時代に太平洋戦争を経験した世代です。みんな満足に食べることもできず、飢えていた時代。高校卒業後に銀行に入り、定年まで勤めました。最初は顧客対応をやっていましたが、後半は企画開発部門に異動して、法人向けマーケティングや商品開発に携わっていました。

SkyHiveCEOのショーン・ヒントンさん

ヒントンさん どんなトレーニングを受けましたか。

若宮さん 特にトレーニングなんて受けません。当時基本は手作業です。ソロバンをはじいて、ペンを使って書類を作成したり、印鑑を押したりするわけです。私は不器用なので作業が遅いと先輩からよく叱られていました。最初は会社のお荷物のような存在でした。しかし、機械化が進み、手先の器用さは関係なくなりました。専門的な知識やアイデアが重視されるようになり、業務改善のための提案もドンドンやるようになりました。高卒でしたが、少し出世しましたね(笑)。

58歳でコンピューターを購入

ヒントンさん コンピュータとはいつ出会ったのですか。

若宮さん 1955年ごろに初めてコンピュータの存在を知りました。メインフレームという大型汎用機ですが、もう苦手なソロバンは不要になるのではとうれしくなりました。コンピュータは私の恩人です。初めてパソコンを触ったのは55歳の頃、面白いと思って58歳の時に購入しました。ただ、当時のパソコンは通信速度も遅く、記憶処理にも時間がかかっていました。周囲の友人から「無駄遣いだ」と言われましたが、定年後の人生を大きく変えてくれましたね。

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「女性は理数系が苦手」は先入観