家の外では、ハミドゥラーさんの長女で15歳になるハジーラさんが、年下のきょうだいやいとこの面倒を見ていた。彼女は、親と祖父母世代の平和の代償を支払わされている。

父親のハミドゥラーさんに電話するザビウラーさん。携帯電話の電波をとらえるため、丘の上まで登らなければならない(PHOTOGRAPH BY KIANA HAYERI)

通っていた学校がタリバンによって閉鎖されたとき、ハジーラさんは10年生だった。それ以来、一度も学校へ行っていない。

タリバンの報道官は、7年生以上の女子の教育に反対しているわけではないが、その前にイスラム教の戒律に即した適切な条件を整える必要があると主張している。しかし、タリバンは20年以上前に国を支配していた時にも同じことを言っていた。1996年から2001年までのタリバン政権下で、事実上の女子教育禁止令が解かれたことは一度もない。

自宅の廊下に座るハジーラさん。タリバンが町を制圧してから、一度も学校へ行っていない(PHOTOGRAPH BY KIANA HAYERI)

ハジーラさんは、自分が学校へ戻って教育を受けることがなぜタリバンにとって問題なのか理解できないと話す。学校が閉鎖されてから2人の親友が結婚し、それ以来、姿を見ていないという。

計画も目的も、友人もなく一日中家にいることは、大きな心理的負担になる。ハジーラさんは、自分の気分や性格が変わってしまったことに気づいた。

「学校が閉鎖されて以来、落ち込むと全てのものに対して当たりたくなります。小さな子どもに向かって声を上げたり、いらいらします。自分は何もできないのだと思うと、怒りがわいてきます」

将来の夢は仕立屋になることだが、自分も親友たちのように結婚して子どもを産み、家に入らなければならなくなるのだろうと予測する。ここでは、誰もがそうやって生きている。

ハフィザさん。ファイザバードの町はずれにある自宅で(PHOTOGRAPH BY KIANA HAYERI)

ハジーラさんの祖母、ハフィザさんは静かに聞いている。孫には自分が受けられなかった基礎的な教育を受けてほしいと願っているが、タリバンが実権を握っている今、どうすることもできないと考えている。それでも、息子たちが敵対した戦争よりも平和のほうがいいという。

戦争が終結し、ハフィザさんは眠れるようになった。しかし、家族への不安は尽きない。

「何か食べただろうか? お天気はいいだろうか? いつもそれを心配しています。『もう心配しないでくれ』と言われます。でも、私はあの子たちの母親なのですから」

(文 NANNA MUUS STEFFENSEN、写真 KIANA HAYERI、訳 ルーバー荒井ハンナ、日経ナショナル ジオグラフィック)

[ナショナル ジオグラフィック 日本版サイト 2022年8月18日付]